Cross Point
4th Night...[ストライク・バック]







( ……これ、どういう事?!)

パルムの自宅に持ち帰った端末腕環を、ベッドの上に放り出してあった自前のスタンドアロン端末に早速接続し、データを参照して数分。
そこに記載されていた内容に、ボクは目を見張った。

『プロジェクトRDH』とは、リ・デザインヒューマン……つまりはニューマンやビーストとは違う、第5の種族を生み出す計画だった。
ニューマンの知力、ビーストのパワー、キャストの精密性――それらを兼ね揃えた、新しい種族……いや、自立生体兵器の極秘製造計画。
そしてルシーダが、……その実験台になっていたという事。

(……なんだよ……、なんなんだよ、これ……?!)

カラカラに乾いた喉を無理やり飲み下す。
ガーディアンズは以前からそれを察知していたものの、同盟軍(A.MF.)の形無き圧力に阻まれ、やっとの思いで捜査令状を発行したころにはすでに研究者や研究所は粗方荒らされた後で、まともな情報など残っていなかったという。
その中でも、重要参考人と位置付けられていたミュール博士の自宅も同様だったが……そこに唯一残っていたのが、ボク――エミーナ・ミュールだった、と。

「……ぁ、かはッ!?」

右胸の辺りが絞られるように痛みを発し
、一瞬呼吸が止まった。
喘ぐように服を掴んで、必死に痛みに耐える。

(な…んだ、これ……突然……)

循環器系の疾患かとも思ったが、発生したら意識なんてないはずだし。

(――"あの時"の、トラウマ?)

多分、それが一番可能性が高い気がする。痛みに耐えながら、更に読み進めていく。
予想通り、その後はボクが取り戻した記憶のままだった。
右上腕部・鎖骨を骨折する重傷を負っていたボクは、そのままパルムの中央病院に入院。意識は取り戻したものの、襲撃と怪我を負ったショックで重度の心的障害を被り、失語症に。
その間に、ミュール博士夫妻――ボクの、実の両親――の死亡が確認され、身寄りがなくなった幼少のボクを引き取ってくれたのが、ボクを救出してくれたアリエル・ハーヅウェル巡査部長――お義父さんと、当時新人隊員だった現ガーディアンズパルム支部長、ウィル・ハーヅウェルだったという。

(こんな、凄い事、だった……なんてね)

浅い呼吸を繰り返し、なんとか痛みを持ちこたえる。
平凡に生きてきて、ごく普通だと思ってた自分の人生。こんな秘密があっただなんて。

(……)

冗談を言おうとしてみるが、そんな余裕もなかった。
扱っている事件の大きさに、背筋が寒くなり……今更ながら部屋に誰もいない事実に心細くなってくる。
――でも。

(ボクが諦めたら……いったい誰があの子を救うんだよ、エミーナ?)

自問自答。
心の中で警告音はガンガン鳴りっ放しだ。でも、答えなんて分かりきってる。

(ボクが、往くしかない)

ガーディアンズ本隊はA.M.F.の睨みが――SEED事変で多数の損害が出たとはいえ――まだ効いている以上、ウィルにバックアップの依頼を取り付けたとはいえ迂闊に大きくは動けないだろう。
そしてここ最近パルムで多発していた殺人事件――プロジェクトRDHに関わったヒトを片っ端から消していく"敵"の手口を見るにつけ、ルシーダにも近い将来確実に害が及ぶのは明白だった。

(……戻れるかなぁ、ボク)

ふと、そんな風に思う。
こんな大事だと初めから知っていれば、もう少しやりようもあっただろうと思う。しかし事態は既に動き出し、最早止める術もない。
表沙汰に出来ない事件である以上、これ以上誰も巻き込めなかった。

「……」

うつ伏せ状態から起き上がって、部屋の壁の向こうの彼を想う。

「……ありがと、ね」

起きあがって、ボクは小さく呟き。
呟いてから、一枚のメモシートを破いて一言、お礼の言葉を書き添えた。
場合によっては、もうボクは彼に面と向かってちゃんとお礼を言えないかもしれない。
だから、形としてちゃんと残しておきたかったのだ。

「……あ、あれ……?」

ペンを握る右手の甲に落ちる、暖かい滴。
その時初めて、ボクは自分が泣いている事に気がついた。

「へ、変……だな」

おかしいな……。
拭っても拭っても……涙、止まらない。
止まら……ない。……止まらない、よぉ。

「ふぇ……っ…ぇ」

目をぎゅっと瞑って、我慢しようとする。
泣いてる顔は……見せられない。見せちゃ、いけない。
未練がましい娘だって、思われたくないから。
部屋に誰もいなくて、助かったなぁ……。
お互いの気持ちが分かっただけで、ボクには十分。
これ以上、何か望んだらバチが当たるもの。
だから、未練なんて……あるはずがない。そのはず……なんだ。

「助けられたの……2回目だ。……ありがとう、ウィル」

端末腕環を端末から引っこ抜き、端末側のデータを全消去。
その上に涙でシワシワになったメモを置き、ボクは部屋を出た。