Cross Point
4th Night...[ストライク・バック]



 




流石にそのままでは寝入る気持ちになれなかったので、バスルームでシャワーを浴びる。
目を閉じて、頭から熱いシャワーを浴びながら、暫し考える。

(接触するには、どうしたら――?)

あの子が攫われた理由がわかった。何故本当の両親がボクの目の前からいなくなったのかも、わかった。
でもあの子と確実に接触して、あの子が所属する組織の裏を掻いて救う手だてが、まだ無いのだ。
そりゃそうだ。ボクと彼女との接点は無きに等しい。
そもそも、本当に本人かすら分からない。その話だって、シンクからの又聞きだ。確信できる事なんてどこにもない。

(そんな状況で、強行突破は――)

……やっぱり、愚の骨頂だよね、うん。

(直ぐにはいい案なんて、見つからないよね……)

大きくため息を吐き、浴室を出る。湿り気を拭った髪をリボンで手早く纏めて、まだ何か所か痣が目立つ肌を隠すようにスポーツタイプの下着を身につけた所で、端末腕環がメールの着信音を奏でた。

「ん……こんな時間に誰だろう?」

差出人は……ティル・ベルクラント。

「……ッ!?」

もう一度見直し、その差出人の顔写真が目に飛び込んだ瞬間、思わず端末腕環を取り落してしまう。
慌てて拾い上げ、何度も何度も確認するけれど……間違いない。髪の色と、瞳の色こそ違うけれど――その顔はボクにそっくりだった。
恐らくは彼女が――シンクが言っていたボクにそっくりな子。そして店長さんが言っていた、そっくりな娘。そして彼女こそ、ボクの最後の血のつながった姉妹かもしれない。
その彼女からの、ガーディアンズとしての正式な要請だった。

内容は、先々月に史上空前の落下事故を起こしたガーディアンズ・コロニーの、パージされた区画の直撃を受けた旧ローゼノム・シティ沿岸部の被害状況把握依頼。
現地集合で、集合時間は明日……いや、今日のAM9:00。

内容は簡潔で明快。
特に変な点も見受けられないし、データとしても真っ当なものだった。
でも、 心の何処かで未だ警告音は鳴り止まない。
これは罠だ、と。

(えぇぃ……覚悟、決めよう)

見た事ある人に、直接確認する。
そして、確認が取れたら後は出たとこ勝負でなんとかするしかない。
端末腕環のフォン機能を呼び出し、ボクはシンクと連絡を取ろうとして――。

(……)

思い直し、ボクは以前シンクに教えてもらった、暗号回線で改めて連絡を入れることにした。
暫くコールを続けた後、ようやく相手が出る気配がする。
……10コール目が経過した時点になって、時間が夜半を大きく過ぎて早朝という時間帯になっていた事に思い至った。こんな時間だ、寝ている可能性もあったわけで。
……悪い事したかなぁ。

「……シンク、起きてる?」
『おはよエミーナ、早いわね……ぁふあ……』

暗号複合時に出る特有の金属的なノイズと共に、眠そうなシンクが大欠伸したのが聞こえた。

「ん……ちょっと気になる事があってさ、調べて欲しいんだけど、いいかな?……至急で」
『ふむ……さっきの件も含めて、ちょっと高くつくわよ?』

うはー、いきなり痛いところ突かれてしまった。
そりゃまぁそうだよね、シンクだって慈善事業でこんな事やってるわけじゃないだろうし……。

「う……今月ちょっと厳しくて……」

等と言葉を濁しつつ、どうしようかと考えてたところで。

『エミーナの身体で払ってくれてもいいのよ?……むしろアタシはその方がいいなぁ♪』
「へ、身体……って……えぇぇえぇっ?!」

突拍子もないシンクの言葉に、ボクは脳裏で先日のウィルとの情事をを思い出してしまう。
首から上がかぁっ、っと熱くなるのが自覚できて、慌ててぶるぶると首を振る。

「ちょ、シンク!」
「っぷぷ、アタシはエッチな事だなんて言ってないわヨ?
 もしかしてエミって、潜在的にそゆコト望んでたりしてする〜?それならそうと言ってくれればお姉さんが幾らでも……』
「いやいやいやいやボク一応ノーマルだし……って違ッ!! そうじゃないっしょ?!」

完っ全に遊ばれてるなぁ……もぅ。

『ごめんごめん、今度何か買い物に付き合って、て事よ。それはそうと……。
 そろそろ聞いてくる頃だとは思ってたわ。何が聞きたい?』

前置き長いよ!と内心で一つため息を吐いてから。
ボクは端末腕環をホログラムモードにして手元に表示させながら、該当情報をシンクへと送信する。

「一人、調べて欲しい人が居るんだ。
 名前はティル・ベルクラント、年齢20歳。女性、ニューマン。
 現在惑星間警備組織"ガーディアンズ"機動警備部3課所属。
 ボクが今持ってる情報はこれ位だけど……」
『……ティル・ベルクラント?』
「知ってるの?」
『知ってるもなにも……この人こないだエミに話した、あの女の人よ。カルテでも確認したわ、間違いないわね』
「顔写真とかある?」
『不鮮明な奴でよければ』
「見せて」

送信されてきた写真は、廃墟のような所で数人の男と喧嘩…というより一方的な攻撃を加えている、黒っぽい服に身を包んだ一人の赤毛の女の姿。
顔ははっきり見えないけど、確信があった。

「シンク……ボク、この子に今日会いに行ってみる。呼ばれたんだ、ローゼノムの被害調査に」

一瞬の間の後――シンクの声音が硬い、平坦なものになる。

『……やめた方がいいわ』
「それは友達として?それとも"ビジネス"として?
 ……一応、ガーディアンズネットワーク経由の正式な依頼だよ?」

ボクの言葉の裏にある怒りに気がついたのか、慌ててシンクは言い直す。

『もちろん、友達としてよ。エミの事が心配なんだってば。
 敢えて言わせてもらうけど……あの子のバック、相当大きい所かもしれない。
 ご禁制の薬品堂々と使えるくらいの……そもそも表の人間なら、アタシみたいなモグリの医者なんて掛からないし。
 それに……大きな所じゃ、ガーディアンズ・ネットワークにハッキング掛けて偽情報流す位普通にやるって噂よ?』

ぱちりとまた一つ、ピースが胸の中で嵌まる音がした。
記憶の中の赤い影……記憶を乗り越え、あの資料を読んだ今なら、分かる。
レンヴォルト・マガシ――A.M.F.内に存在するエンドラム機関の過激な司令官で……。
そうだ、今ではそいつは"イルミナス"に属していると何かの資料で読んだ事がある。
なんで今まで気づけなかったんだろう……。

「ホント、馬鹿だよなぁ、ボクって……」

忘れていた先日までの自分に対して、自嘲気味に呟く。
ティルは、ルシーダだ……間違いない。
そして。
あの子は……恐らく、その集合場所に居る。

「シンク、ありがと。お陰で会う勇気が出たよ」
『エミーナ、絶対何かあるよこれ?やめなって!』
「分かってる……」
『分かってるなら……!!』

シンクが心底心配してくれてるのも分かっていた。
だけど……ここからは、ボクら姉妹の問題。ボクが行かなきゃ、意味がない。

「罠だって分かってても……妹を助けるのに理由はいらないでしょ?
 あと、ウィルに伝えておいて……"全部思い出しちゃって、ゴメン"って」
『エミ?妹って……?ちょっとエ……』

一方的に通信を切り、準備を始める。気持ちさえ固まれば、後は驚く程早かった。
色々な事態を想定して動きやすくて、汚れても気にならないような格好に着替え。
武装は……狭いところでの戦闘も考慮して、ファイガンナーとして実力が発揮できる装備で。
プロテクタ代わりのシールドラインは、乱戦を考えて回避重視。
メイト系薬品は……うん、足りてるね。

「ウィル、……ごめんね。行ってきます」

物音を立てぬようにそっとドアを閉じて。
ボクは愛車のエア・バイクのエンジンに火を入れてアクセルを煽り気味に捻り、振られつつ急発進させた。
目指す先は……"爆心地"から程近い、ゴーストタウンと化したローゼノム・シティの沿岸
部だ。