Cross Point
6th Night...[スタート・ライン]



 



ボクが目覚めてから、数週間が経過して。
事ある毎に3課の皆が病室に押しかけて来る度、ボク自身が如何に危険な状態だったのかを知る事となった。
ノラときそびん、ソフィアさんが駆けつけてくれた時にはボクは失血死寸前で、カレやんと夕月さんがヴィークルで駆けつけていなければ、本当に死んでいたらしい。
そして、ボクが失った血液を補ってくれたのは――ルシーダなのだと。

「……」

そういえば、あの"アルティア・メモ"には続きがあった。

『なお、"鍵"を取り込む事で、徐々に調整体は非調整体と同等に能力が制限される』

つまり、ボクが持っていた"鍵"は490が想像していた様なものではなく、「最後の切り札」で。
更にはルシーダの"力"すら奪う代物だった。

『最後に――生まれてくる娘達へ。……せめて君達が、共に健やかに過ごせる事を願う』

メモは、その一文で締めくくられていた。……何が、健やかに、だよ。
勝手に自分の子の遺伝子を弄んで、生み出して。そして――ボクが"鍵"を使ったせいで、あの子は……今も意識不明で。

(本当に、これで良かったのかな……ルシーダ?)

皆が帰って照明も落ち、静けさを取り戻した病室の中。
清潔なベッドの上で未だ昏々と眠り続ける、彼女へと心の中で問いかける。
キソヴィに聞いた話だと、彼女の意識が回復するかどうかは"分の悪い勝負"だと言っていた。ましてや、普通の生活に戻れるかどうかに関しては……。
いや、深くは考えまい。
いつものように、彼女が眠るベッドに浅く腰掛け、最近の日課として続けている事をいつも通りに続ける。

「ルシーダ……」

何度目になるか分からない、呼びかけ。でも、無駄なことだとはこれっぽっちも思っていない。
あの時、ボクを庇って戦ってくれたルシーダは……ボクが死の瀬戸際に居た時、必死に呼びかけてくれた。
おかげでボクは今、ここに居られる。今度は、今度こそは、ボクが助ける番だから。

「ルシーダ……」

ボクら二人の距離が、縮まるようにと。
呼びかけながら、願う。

「……せっかく会えたのに、また一人になるつもり?」

強がってそんな事を言ってみるけれど。
ルシーダの頬へ、ぽつり、ぽつりと滴が落ちる。

「帰って……来てよ……。
 まだ話したいことも、聞きたいことも、たくさんあるんだよ?」

ボク、駄目だなぁ。最近涙脆くなってる気がする。
"あの時"から、泣かないって、いつも笑っていようって、誓ったはずなのに、ね。

「ぐすっ……キミのせい、なんだから」

全てを思い出してから、ボクは泣き虫に戻ってしまったみたいだった。

「……ふにゃ?エミニャ、今日も来てたにゃ?」
「ぁ、ノラ……まだ帰ってなかったんだ?」

ノックと共に小さく扉が開き、小柄な影――ノラが入ってきた。慌てて涙をぬぐって向き直る。
時刻は夜半を過ぎた頃。とっくに面接時間は過ぎているものと思ってたのに……。

「エミ姉も今回の事件では重要参考人。一人で入院させとくわけないですにゃ?ノラは今夜のお当番にゃ〜」
「……それもそうでした」

こないだの事件で、一応ボクもルシーダも、重要参考人扱いなわけで。実は今居る病棟、VIP待遇の個室だったりする。
終日護衛が張り付いてセキュリティもかなりしっかりしてて、大きな部屋でしっかり療養をとは言われたの、だが。
だだっ広い部屋に一人、というのは……"あの時"の事を思い出してちょっとキツいものがあるので、こうやってルシーダの顔を見に来たりしているのだ。

「……エミ姉」
「あは、バレちゃうか…ノラ、には」

ノラの心配そうな声音。やっぱり、泣いていた事がバレてしまったようだ。
何故か不思議と、彼女には隠し事が出来ない。
彼女の勘が鋭いのもある。けど……なんだろう。

「ルシちゃんは大丈夫。きっと、エミ姉の元に戻ってくるよ」
「……うん」

ノラには、過去や未来を見通す力があるみたいな気がする。
ボクより年下のはずなのに。時々、ボクより何倍も長く生きてきたかのような……そんな風に見える時がある。
一緒に居ると不思議な安心感を覚える、っていうのかな。

「だから元気だして、ね?」
「……うん。
  また来るね、ルシーダ。早く、元気に……なるんだぞ?」

ノラに支えられつつ、ボクは彼女の病室を後にした。