そして、更に数週間が経過した。
結局ルシーダが意識を取り戻してからもなんやかんやと理由を付けられ、結局ボクは退院する段階になっても彼女に会う事は叶わなかった。
確かに、一時的にしろ命のやりとりをした相手でもあるし、何より彼女は"イルミナス"のデリータの一員だった人間。
ボクが気にしなくとも、上の方が慎重になるのも分からなくはなかったのだけど……。
「結局、その辺りの事情や機微ってのは、当事者じゃないと分からないのかな……?」
退院して、迎えにきたウィルのエアカーの中。
まだぎこちない右肩を、左手で包み込みながら……ぼんやりと、夕陽に染まる街並み――病院の方向を見ながら呟いたボクの独り言に、彼はハンドルを握り、視線を前に向けたままで言った。
「本格的な事情聴取はこれからだって話だしな……」
「ウィル兄だって、あの子の眼を見れば分かるよ?あの子は……そんな子じゃない」
「あぁ。エミはそういう所を見抜くのが得意だからなぁ、俺は心配してないよ。
だが、どうしても他人の手を強制的に入れなきゃいけない場合もある。例えそれが当人達の間でもう"終わった事"だとしても。しかもその相手が、巨大な敵対組織に所属していたとくればなおさら……それが、公安組織ってもんさ」
「……」
分かってはいるんだ。彼の言ってる事は真実だし。
納得できないでいるのは、まだボクが精神的に子供だからだろうか。
落ち込み半分、不満半分で押し黙ったボクをちらりと横目で見て、ウィルが苦笑した。
「ただ……」
「ただ?」
「肉親や、家族がそんな目に遭っていたとすれば……俺もエミと同じ事考えたし、行動を起こすだろうさ」
「それ聞いて、ちょっと安心した……」
「俺も人間だから、な」
にっと笑みを浮かべる彼が、とても誇らしく見えて。とても、かっこよく見えて。
「……えへへ」
つい、ニヤけてしまう。
自慢の兄さん。でも、遠い存在だった兄さん。
離れてたと感じてたのは、実はボクの気のせいだったのかも知れないけど。
……でも、今は。
その距離感が、縮まったと感じられた事がとても嬉しかった。
「……エミ」
「なに?」
ふわふわとした気持ちになっていたら、不意に額に暖かい、でもちょっとカサっとした感触が触れる。
キスされたと気がついたのは、その数瞬後で……。
「……ふえぇっ?!」
「いろんな意味で。無防備だよな、お前ってさ」
「……ぁ、ぇ……」
「ある意味、凶器だぞ?それは」
いつの間にか止まっていたエアカーが動き出すと同時に、自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
(不意打ち……ずるい……よ)
あの時だけ、って積もりだったのに。
そんな事されちゃったら、ボク……。
「自分だけで耐えきれない想いを、誰かに一緒に抱えてもらうってのは……お前が思ってる程悪い事じゃないさ」
「でも、ボクらは……」
ウィルはボクの義兄で、ボクはウィルの義妹で……。
「それでも、さ。
最初は――壊れそうな、お前を救えるならと思った。でも、すぐそんな考えはすぐ吹き飛んじまった。
俺は……奥底でお前を女として見ていたし、な。でも、それだけじゃなかった」
「……」
「天然な所も、優し過ぎる所も、そのくせ内心でずーっと悩んでる所も。
全部ひっくるめて、エミーナって女が好きだったんだなって、あの時はっきり分かったよ」
「……っ!」
彼の突然の告白に。
ボクの思考は、今度こそ真っ白になったのだった。
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