真っ白になったまま暫くして。
「ほれ、着いたぞ?」
「ぁ、え…わ、分かってるよッ!」
呆けていたのを誤魔化そうとして、慌てて左手で扉を開こうとしてよろけたりしながら、ボクは久しぶりの実家の玄関の前に立った。
なんか、懐かしいような、恥ずかしいような…。
「ただいまー、っと」
「た、ただいま…」
「あ、お帰り」
「お帰り、エミ姉!」
ウィルが家の玄関の扉を開くと、出かける直前だったらしいアム姉とサフランが靴を履いていた。
「どうしたのさ、こんな時間に慌てて……?」
なんかえらく急いでる風だけど。
「私は上司がヘボやらかしたらしくて、それの手伝いよ。サフランは……」
「私は追ってたヤマが動きそうだってPB隊長から連絡が入ってね……」
「……今夜は帰れそうなのか、二人とも?」
少し慌てた表情で問うウィル兄に、二人は残念そうに首を振った。
特にサフランは、腕によりをかけて料理を頑張るって息巻いてただけに……銀髪に隠れた垂れ耳をさらに垂れさせてしょんぼりとしていた。
アム姉とサフランの料理は美味しいから、ボクも楽しみにしてたんだけど。
仕事じゃ、仕方ないよね……。
「そうか、急な呼び出しじゃ仕方ないな……。明日は、帰れるんだろ?」
「昼頃までには帰れると思うよ?」
「私もそれ位にはケリつけておきたいな。折角色々仕込んでたのにぃ……」
「ねぇ?」
二人同時にため息をつく。
外見こそ似ていないけれど、仕草はそっくりで。
なんとなくその雰囲気が可笑しくて……ボクは微笑んだ。
「お姉ちゃん、なーにニヤニヤしてるのかな?」
「えっ、な、なんでもないよっ?!」
「あぁ、なんでもないぞ?」
「二人して、あーやしーぃ……」
「ほらほら、そんな事言ってる場合じゃないでしょサフラン!行くわよ!!」
「そうだった…行ってきまーす!」
サフランの背中を押して、アム姉がボクらに小さく微笑んで、ウインクしたように見えた。
ひょっとして……アム姉は全て分かってたのかもしれない。
その後、航宙旅客機パイロットの養父さんと、アテンダントとして同じ航宙旅客機に乗務している養母さんとイフィ姉――人間よりよっぽど人間らしいキャストの姉さん――は、運行の都合で今夜は帰れないと連絡が入り。
残るイフィ姉の妹で、やっぱりキャストのセラフィムはメンテで入院中、と。
そこまで知って、ボクは頭を抱えてため息をつく。
(アム姉……応援してくれるのは嬉しいけど、やりすぎだよぉ……)
「またもやボクら二人だけ、かぁ」
「運がいいのか悪いのか、ってとこだな」
リビングで一息ついた後。
アム姉とサフランが用意してくれた冷えた白ワインのボトルと、二つのグラスを持ってウィル兄が苦笑混じりに言った。
二人だけ、というのは……確かに暗に望んでた事だけれど。
こないだ自分がしでかした事を思い出すと、ちょっと胸が苦しくなる。
「まずは……退院おめでとう。そしてお帰り、エミーナ」
「ただいま……ウィル」
隣同士に座り、小さくグラスを触れ合わせると、澄んだ音が部屋に響いた。
「えへへ……」
「どした?」
「ん、なんかね……こういうのいいなぁ、って……」
そう呟いた時、ワインのラベルに気がついた。
「ん、これ……」
「お、エミも知ってたか……最近ニューデイズで発売された新作らしいぞ?」
ボクとウィルが、身体を重ねあった、あの日。
店長さんが薦めてくれたワインだった。
「うん……」
しばらく、言葉静かに二人で飲み交わす。
その沈黙が、軽く酔いの回ってきた身体に心地よかった。
懐かしい声。懐かしい香り。暖かな、言葉。
なんだか、たまらなくなって――ボクは瞳を閉じて、彼の肩に頭を預ける。
「ったく、無茶しやがって……」
「ん……ごめん」
「意識不明の重体だって聞いた時には、気が気じゃなかった」
「……うん」
さら、とすっかり伸びたボクの髪に、彼の手が触れる。
「本当に帰ってきてくれて、よかった」
「……うん」
ボクの肩に掛かった彼の手に、更に力がこもる。
でもね、帰ってこれたのはボクだけの力じゃないよ。
「……ウィルの、お陰だよ?」
「ん?」
「ウィルが、皆が。生きる理由を、ボクに与えてくれた。ボクに生きろって、教えてくれた。
だから、ボクはここに居る。沢山の人が生きろって言ってくれて……ボクはここに居るの」
「エミ……」
「じゃなきゃ、ボクは最後まで頑張れなかった」
溢れた涙を拭わないままに、ボクは彼を見つめた。
皆に教えてもらえてなかったら、あの時――
真っ暗な闇の中でルシーダが必死にボクへ向かって差し出してくれた手は、届かなかっただろうから。
「……ありがとう。ボクを救ってくれて」
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