散歩コースだという道を歩くこと、病院から大体10分程。
晩夏の涼やかな風が吹く、パルム海を一望できる小高い丘の上に、それはあった。
真新しいその墓石には、見慣れぬ人の名前と、酒瓶が数本備えられていて――。
「……これ」
「うん、"店長"――僕の、父親代わりだった人の、ね」
言ってルシーダは瞳を伏せる。
……雰囲気で分かる。大事な、人だったんだろう。
「"店長"……エミーナが、来てくれた、よ」
「……」
慰めるのも何か変だし、何となく次の言葉が言い辛くて、ボクはその場に立ち尽くす。
なにも持ってこなかった事に今更後悔するけど……後の祭りだ。
公園墓地と聞いた時点で、ルシーダに前もって確認しておけばよかった。
「気にしない。僕が、エミーナを"店長"にちゃんと紹介したかっただけなんだし」
ルシーダはそう言って小さく微笑み、墓前に花束をそっと置いた。
「――何事にも厳しい人だった。でも、生きる宛の無かった僕に、生きていく術を教えてくれた。
あの頃の僕には、なにも理解できなかったけど……今では感謝もしてるんだ。
……最後に、僕の背を押してくれた事。
自分が死ぬの分かってて――でも、お前はここを出て生きろって、そう言ってくれた。
だから今、僕は君と、此処に居られるんだ。"店長"の一言が無かったら……今頃は」
俯きながら、くぐもった声で話すルシーダの隣に、ボクもしゃがみこむ。
「……"店長"さんは、キミと、ボク、二人の命の恩人だったんだね」
「……うん。
多分、"店長"はエミーナの事、気に入ってたと思うから……ちゃんと、紹介しておきたかったんだ」
「ん……ありがとう」
弔う為の花束は無いけれど。
せめてちゃんと報告くらいはしようと、手を合わせ、目を閉じる。
「えと……、エミーナ・ミュールって言います。ルシーダの――ティルの姉、です。
妹と、ボクの命を救ってくれて……巡り会わせてくれて、ありがとうございました。
妹の事、ボクの事……もし良かったら、見守っていて下さい」
「……!っ」
「……うわ……っ?!」
突然襲いくる突風。
乱暴に頭を撫でるかの様に、二人の髪をワヤクチャにしたその突風は……唐突に収まる。
「……ありがとう、"店長"」
「ん、何か言った?」
「……ぅうん。何でもないよ、姉さん」
髪を掻き上げ、こちらに振り向いたルシーダは……晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。
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