:XDay +1"ホントウノキモチ" 
 
 
Cross Point



 



紅い瞳と、紅い髪。
あまり見かけない、ゆったりとしたデザインの、黒いストーリアを身につけて。
彼女は壁に背を預けて、静かに、そこに佇んでいた。

(ぁ…)

こちらを見て、ちょっとほっとした様な、来て欲しくなかったとがっかりしたような…そんな複雑な表情を浮かべる彼女。

「…機動警備部3課所属、ティル・ベルクラントだ。 ご協力に…感謝する」

覚えてる。
その、声も。姿も。

(ルシーダ…やっと、会えた)

無事だった彼女の姿に、抱きしめたい思いに駆られるけれど…。
彼女はきっとボクの事、覚えていないだろうから。
いろんな感情をぐっと堪えて、出来るだけ笑顔で答礼を返す。
思い出してもらうのに、時間はたくさんあるはずだから。

「機動警備部3課4班班長、エミーナ・ハーヅウェルです。 協力要請を受理しました」
「貴女は都市部での戦闘経験が豊富だと聞く。
 それを今回の任務に役立てていただきたい。
 あの事故以来、どこからか様々な生物が…ここに流入しているようなのでな…」

言って、彼女はふと何か気づいたように眼を細め。
…すぐにその表情を消してしまった。
なんだろう。
覚悟をして来た筈なのに…酷く胸騒ぎがした。
とてつもなく…嫌な、感じの。

「行こう」
「了解」

現在位置と大体の経路を二人で確認し、ボクらはゴーストタウンと化した廃墟の街へ、一歩を踏み出した。



調査を開始して30分。
それだけでも、 ローゼノムの惨状は思っていたよりも酷いものだった事が分かった。
落下地点から80kmほど離れているパルムでも気になっていた事だけど…爆心地にほど近いこのエリアの空は、未だにメインシャフト落下時に吹き上がった土砂がチリとなって空中に漂っているのか、晴れていても仄かに薄暗い。
茶色く濁った海の波間に所々に見える、崩壊した低層ビル群や、形を残してはいても表面のコーティングが吹き飛んで見るも無惨な姿を晒す高層建築物が、多数の墓標を思わせるようで、不気味さをより増長させていた。
端末腕環から空中投影された地図で見る限りでは、ボクらは東地区・第7層から進入した事が示されている。
ただ、辛うじて生きていた情報端末で吸い出した最新の情報によれば、何処のエリアも第3層から最下層のB5階層―地下鉄が通っていた階層までは完全に浸水しているらしく、近寄れる状態ではないようだった。
そして、未だ生命と思しき熱源反応の反応は無し…。
ボクら二人の足音と、息づかい以外に聞こえるものは、風と廃墟が奏でる高く低く響く重い音と、水音のみ。

(…まるで、地獄に足を踏み込んだみたいだな)

風景を見てそう思い…音がまるで犠牲者の怨嗟の声となって襲ってくる気がして。
ボクは思わず首をすくめ、小さく首を振った。

「これより下は小型探査艇が必要ですね…。ここまで持ち込むとなると、骨ですけど」
「そう…だな」

東地区・第4層のぎりぎり先端まで降りてきてみると、惨状は更に酷くなっていた。
激突時の大津波で破壊されたのだろう、数m下の下層へと続く入り口だったものに、濁った水が打ち寄せる。
そんな風景を見つめて…彼女はどこか、心ここにあらずといった雰囲気だった。

「…大丈夫ですか?具合でも悪いの…?」
「ぇ…あぁ、問題ない。次のポイントへ行こう」

ティル―ルシーダは、何かを振り払うかのように首を振り、ボクに先へ進むよう促した。