「準備いいか?」
「オッケ。最大稼働時間、約40秒」
「十分だ…カウント・スタート」
第32層、最上階。
非常電源のエンジン音と共に、ごうんっ、と重々しい音をたてて最後のポイントへと続く薄汚れた隔壁が開いていく。
「!!っ」
スエた臭気が鼻を突いた瞬間、ボクはショートカット・ラックからナックルを選択し、重みが腕に感じたところで、反射的にルシーダを庇うように前へ出る。
横目で見れば、彼女も見慣れないタイプの両手剣のような、両手槍のような、奇妙な武器を手にしていた。
「たは…これはちとヤバぃ、かな…?」
「数が多いだけだ。
やり方さえ間違えなければどうって事ない。行くぞ」
そういう意味ではなかったのだけど。
…彼女は、この臭気を感じていないのだろうか。
その言葉に奇妙な違和感を覚えつつ、ボクは前方を見る。
隔壁の向こうにいたのは、山ほどの犬のような敵性生物。
通路手前のここから見るだけでも、10や20じゃ収まらない数だ。
なんだってこんな狭いところに固まって…?
しかも、こいつらは奥へ向かおうとしているようだ。
「さぁね。考えられるとすれば、………」
相手をおびき出し、"駆除"しながらボクの呟きが聞こえたのか、彼女は何事かを口にした。
奥に進むに従って、匂いが強まっていき…何かが確信に変わっていく。
この仕事に就いてから、未だにボクが慣れないもの。
即ち。
濃密な、血の匂い。
これ以上、進みたくはなかった。見たくはなかった。
でも。
見届けなければならない、とも思った。
今までのルシーダを知って、受け入れる為に。
「遅かったじゃないか、ティル・ベルクラントぉ?
ほぅ?"オトモダチ"も一緒かぁ、感心感心」
「…何故、お前が…?」
その彼女が、小馬鹿にしたような男の声が掛けられた途端、呆然と立ち止まった。
ボクもまた"あの時"の空気に触れ、足が止まる。
凄惨を濃密に纏い、"あの時"の雰囲気そのままに…"ソレ"は居た。
「何故?意外でも何でもないだろぅ?
パートナーは、相手を心配するもの、違うか?」
一見普通のGH490。
だが…小柄なその姿から放たれる、最早隠そうともしない殺気と。
更に、そのボディに付着した血の量に、ボクは。
酷く嫌な予感が、今目の前で的中してしまった事を確信した。
こいつは、"アイツ"だ。ボクとルシーダを引き剥がした、"あの時"の―。
「その血…。…ッ!…まさか、お前…」
何かに気づいたルシーダが、静かに490へ問いかける。
「は、今更気がついたか?
貴様、よもや忘れたわけではあるまい?我々を甘く見ないほうがいいぞ、ティル・ベルクラント」
「質問に答えろ…490」
「…裏切り者には死を。これだけで十分だよなぁ?」
何がおかしいのか、耳障りな哄笑を挙げる490。
「そしてティル・ベルクラント、貴様も裏切り者だ。分かってるよなぁ?
連帯責任って言葉を知ってるかぁ?」
「……ッ」
なおも哂いながら続ける490の言葉に、彼女は悔しそうに押し黙る。
「クク…、せっかく"オトモダチ"を連れてきたんだ。
俺も鬼ってわけじゃない…。
貴様に出ていた指令―そいつの抹殺さえ遂行すれば、考えてやらんでもない」
そう言って、490が指で指し示した"そいつ"とは…ボクの事だった。
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