そんな時、扉をノックする音が聞こえた。
「あ、はい」
つい反射的に答えてしまって、ハッとする。
今いるのはボクの部屋じゃないんだったっけ…。
「やっぱり、こっちの部屋だったか」
「ウィル…兄、今日は仕事じゃ?」
「サフランとアムがどうしても抜けられないらしくてな、代わりに来た次第さ」
「そっか…」
そう言って、肩をすくめながら部屋に入って来るウィル。
それが照れ隠しだって分かっている今では…何となく、くすぐったいような、そんな気分だ。
「肩の方はどうだ?」
吊ったままのボクの右腕をちらりと見て、ウィルが聞いてくる。
「うん、痛みは引いてきたよ。まだ…動かせないけど」
「そうか…。
分かってるとは思うが…まだ無理はするなよ?」
「う、うん…」
あっちゃ、バレてる。
こっそりノラに持ち込んでもらったウェイトパッドを持ってニヤリと笑う彼に、ボクとノラは顔を見合わせて苦笑い。
「ま、それはいいとしてだ。
俺がここに来たもう一つの理由は、今後の予定を伝えておこうと思ってな」
「予定にゃ?」
「あぁ。一応、これはガーディアンズからの正式な指令ってことになる。
まず、ノラはこのまま当病院の警戒任務を続行」
「ふにゃ」
「ったく、ひと固まりになってちゃ護衛の意味がねぇっての…ってそれ、今までと変わってねーんじゃないですか?」
そこに入ってきたのは全身黒ずくめのスマートな男性型キャスト、キソビn…もといキソヴィ。
「その通りだよ。
それとキソヴィ、君にも警戒任務続行の指令が来てる。
まぁ…この子が意識を取り戻すまでは、当面継続だろうな」
「……」
一斉に視線がルシーダへと集まる。
「それと。
今日統合調査部のケイ女史が見舞いに来るらしいから、それまでに一応体制を整えとくよーに」
「「「了解」」」
「さて、俺は職場に戻るよ。何かあったら連絡よろしくな」
「ん。ありがとね、ウィル兄」
ケイさん、か。
調査部出向になった時に会ったっきりだな…。
ウィルを追って皆が部屋を出た後。
ゆっくりとベッドから立ち上がり、そろそろと廊下を歩くボクに、入れ替わるように入ってきたヒューマンの男性−髷を結った頭に飄々とした表情が特徴的だ−がこそっと耳打ちしてきた。
「頼まれてた件だが…面白いことが分かったぜ?」
「!」
何もボクだって無作為に1週間を過ごしてた訳じゃない。
ここから動けないにしろ、ボクなりに情報収集はしていたんだ…人づてでだけど。
「まず一つ目。
依頼したのは、どうやらウィルらしいんだが。
直接指示したのは…あのケイらしいな」
「…やっぱり」
身内に敵がいた、ってのは…あながち間違ってなかったって事か。
でも―今なら分かるし…感謝もしてる。
ウィルが何故ボクに教えなかったのか、何故隠していたのか、が。
「それともう一つ。
ルシーダ嬢の事だが…意識回復後、事情聴取の上裁判…って事になりそうだな。
まぁ、回復すれば、って話だが…一応実行犯唯一の生き残りだし」
「それって…」
「あぁ。お前さんも戦ったあの"カバ"とマガシだけどな。どうも証拠隠滅の為だか癇癪だか知らないが…アジトに所属していた連中を、ご丁寧に皆殺しにした上で爆破したらしい」
「!」
あいつらの事を、全てを隠滅・破壊する"デリータ"だと、ルシーダは言っていた。
ボクらが深い傷を負ったにしろ、二人とも一命を取り留められたのは…かなり低い確率の上での、偶然だったのだろう。
「…ッ」
今更に身体に震えが来て、歯がかみ合わなくなる。
竦んでしまって、動けなくなる。
「ったく、しょうがねぇ奴だな」
「ぁ…」
そんなボクをひょいと抱えあげると−これ、ひょっとしてお姫様抱っこって奴?!−スタスタと歩き出す。
「機動警備部3課4班、泣く子も黙る突撃班長、"ミーティア"がそんなんじゃ、聞いて呆れるぜ?」
「ちょっ、なんだよそれ!?恥ずかしいってば!」
「ん、知らないのか?
お前さん、あっちこっちでけっこー名が通ってるんだぜ?それと、怪我人はじっとしてろぃw」
「むぅ…」
ボクは…いつも誰かに助けてもらってるのに。
ボク自身から、皆には何も返せなくて。
「なんか…ボク。いつも皆に助けてもらってばっかりだ…」
思わず呟いた一言に、彼−情報部所属の光鬼−は苦笑したものだった。
「んな事もないだろさ。
お前さんが動いたお陰で、"イルミナス"の尻尾が掴めてきたとこだ。それに…」
彼は立ち止まり、今出てきた部屋を見る。
「少なくとも一人、暗い闇の縁から助け出せた奴がいるんだ。
それは、事実だろ?自信持てよ」
「うん…」
普段とは違う、部屋に注がれる優しい目つきにドキッとする。
光鬼って、こんな顔もするんだな…。
「にゃにゃにゃ?エミ姉とこーきんらぶらぶにゃ〜。
これはスクープの予感?」
部屋の前で待っていてくれたノラが、いたずらっぽい口調でからかってくる。
はっ、真面目な話してて忘れてたけど、お姫様抱っこされたまんまだった…!
「ノラっ?!ちょ、なに言って!?
部屋の中までなんて聞いてな…こーきん降ろして〜っ!」
「やだw
駄賃で働いてやったんだ、これくらい役得だっての」
「フシャーッ!おーろーせー!!」
「エミニャが猫みたいにゃ…いぃにゃぁ…」
「お?そーかそーか、ノラもそうならそうと言ってくれりゃ…」
「チョーシに乗るニャっw」
大騒ぎは、看護士さんの注意が入るまで続いてしまったのだった…あぁぁ、恥ずかしい。
…てか、普段こんなノリなのに、本職は情報部のエージェントな光鬼も、すごいとは思うけど。
でも、まぁ…元気はちょっと出たかもしれない。
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