「ん、くふっ、…はぁぁあっ!!」
抑えた声が、吐息とともに漏れ。
背中に走った痺れが、全身に広がって。
身体が硬直して、目の前が真っ白になって。
ふわふわと浮いていた感覚が、少しづつ戻ってくる。
―また、やっちゃった。
恍惚感を覚まさせるのは、いつも決まって冷たい現実を告げる理性。
ここには"彼"は居なくて。
ここは自宅ではなく、ガーディアンズ職員寮の自室で…。
汗だくになったシャツを気持ち悪く感じながら、気だるい身体をゆっくり起こしたボクは、一つため息をついた。
ボクが"ボク"になってから、ずっと隠している、誰にも言えない想いがある。
ボクは―兄さんが、ウィル兄が好き。
多分、妹としてではなく、一人の女として。
彼に抱かれたい、抱きしめられたいって想いが時折溢れて、切なくなって…こんなコトをしてしまう日が、最近増えている。
でも、それは許されない想いで。
バレたらきっと…ボクは今の位置に居られなくなる。
皆の笑顔が、見られなくなってしまう。
"ボク"が、ボクじゃいられなくなってしまう。
それは、嫌なんだ。絶対…イヤ。
いけない。
鼻の奥がツン、としてくる。
「…シャワー、浴びようかな」
いつの間にか冷えてきた身体を抱きしめて、ボクは部屋を出た。
☆
熱いシャワーを、全身に浴びて。
靄と水音で、まるで外界と切り離されたような、そんな気分に浸りながら…ボクは目を閉じて考える。
いつから、ボクは彼に、こんな想いを抱くようになったのか、と。
ボクは、いわゆる"孤児"らしい。
らしいというのは…ボク自身がその事を覚えていないから。
分かっていたのは…ボクが「エミーナ・ミュール」という名前を持つ一人のニューマンの娘、だという事実だけ。
"その時"になにがあったのかも、家族という存在がいたのかも、その家族が今生きているのかすら―分からない。
分かるかい?
幼い頃に何もかも失うって事が。
捨てられた側の気持ちなんて、同情はされても、本当にその人が持つ"痛み"を理解してくれる人なんて…当時のボクの周囲には居なかった。
幼い頃はよく分からなかったけど、周囲の大人が同情とは名ばかりに面白がっていると感じたのは、よく覚えてる。
ニューマンは精神力を高められた種族なのは周知の通り。
だけど…感受性は大人のニューマンより子供のニューマンの方がずっと繊細だ。
"捨てられた"ショックと、周囲への言葉にならない怒りとで、失語症に陥り、殻に居閉じこもったボクを暖かく迎えてくれたのが…彼、ウィル・ハーヅウェルとその妹のアムだった。
当時のボクは…優しく抱きしめてほしいのに、変に強がって自分の殻に閉じこもっている、こまっしゃくれた娘だった。
でも、ウィル兄とアムはずっとボクが歩み寄ることをずっと待っていてくれていた。
それに気がついたとき…ボクは数年ぶりに涙を流した。
声を出して、涙が枯れるまで泣き続け…そしてボクは"ボク"になった。
「どこで、間違っちゃったの…かな」
兄と妹。
触れられるほどに近くて。でも、絶望的に遠い存在。
彼は微笑んでくれるのに、それは家族愛であって。
こんな、想いさえ抱かなければ。
いっそ、助けてもらわなければ。
こんなにも、苦しまずに済んだだろうか?
「…」
―いや、それは違う。
あのままだったら―ボクは間違いなく、この世には居られなかっただろうから。
きんこーん♪
そんな時、部屋の呼び鈴が鳴った。
いけない、もうそんな時間か。
「はいはいはい、ちょーっと待っててね」
慌てて浴室を出て、適当なTシャツと短パンを身につけ、髪から落ちる滴をタオルで拭いながら、ボクは部屋のドアを開けた。
|