「会って欲しい、人がいるんだ」
ようやく落ち着いた頃に、ルシーダはそう、ぽつりと呟いた。
「今からって、外出許可とか…」
「…大丈夫。近いし、許可も取ってある。
ほんとなら、もっと早く君に紹介したかった人、だよ」
ボクは暫し考えて―
「…うん、分かった」
「エミーナ」
二つ返事で了承したボクに、PBが小声で言い掛けるけど…振り向いてそれを遮る。
…これはルシーダの"リハビリ"に必要な事だと、ボクは直感していた。邪魔されちゃいけない、って。
「…妹を信用できないなんて、そんなの姉失格だもの」
「しかしな…」
「言ったでしょ、…ボクが全責任持つって」
「…一応相応の準備だけはさせてくれ。警備隊長としてそこは譲れん」
「心配性だよね、PBは」
「慎重と言ってくれよ、せめて。
…ったく、こりゃエラいタマ捕まえたな、ウィルよ…」
肩をすくめた彼にニッと笑い掛けて、ボクはルシーダに向き直る。
「場所は、何処なの?」
「近くの、公園墓地だよ」
☆
散歩コースだという道を歩くこと、病院から大体10分程。
晩夏の涼やかな風が吹く、パルム海を一望できる小高い丘の上で、その人は眠っていた。
新しめのその墓石の前には、酒瓶が数本備えられている。
「この人?」
「…うん。僕の、父親代わり…だった人」
言ってルシーダは瞳を伏せ、花束をそっと置いた。
…雰囲気で分かる。大事な、人だったんだろう。
「……」
慰めるのも何か変だし、何となく次の言葉が言い辛くて、ボクはその場に立ち尽くす。
なにも持ってこなかった事に今更後悔するけど…後の祭りだ。
「何事にも厳しい人だった…でも、生きる宛の無かった僕に、生きていく術を教えてくれた。
あの頃の僕には、なにも理解できなかったけど…今では感謝もしてるんだ。
…最後に、僕の背を押してくれた事。
自分が死ぬの分かってて…でも、お前はここを出て生きろって、そう言ってくれた。
だから今、僕は君と、此処に居られるんだ。"店長"の一言が無かったら…今頃は」
「…ボクはあの時、死んでたかもしれない?」
「それは僕の方も。…最も、アジトと一緒くたに、消されてただろうけど」
「……。
この人は、キミと、ボク、二人の命の恩人なんだね」
「…うん」
ボクも墓前にしゃがみ込み、手を合わせる。
「えと…、エミーナ・ミュールって言います。ルシーダの、…ティルの姉、です。
妹と、ボクの命を救ってくれて…うぅん。
巡り会わせてくれて、ありがとうございました。
妹の事、ボクの事…もし良かったら、見守っていて下さい」
「…!っ」
「…うわ…っ」
突然襲いくる突風。
乱暴に頭を撫でるかの様に、二人の髪をワヤクチャにしたその突風は…唐突に収まる。
「…ありがとう、"店長"」
「ん、何か言った?」
「…ぅうん。何でもないよ、姉さん」
髪を掻き上げ、こちらに振り向いたルシーダは…憑き物が落ちたかの様な、晴れやかな笑顔を浮かべたのだった。
|