1st Night
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―1日前、都市型コロニー"エルグランド"内、マンション"レ・サン・デ・ポエ"―


―後は、簡単な筈だった。―
 数時間後に渡されたIDを持って製薬会社のメインサーバーにアクセスして資金と資材の流れから、あるペーパーカンパニーを突き止め、その住所が共同墓地になっているのを確認。
ペーパーカンパニーの銀行口座にアクセス回数の多い幾つかの口座の動きを調べ上げるとガレスは舌打ちした。

「足跡は消された、か…。ブラック・ペッパー規模の組織か?」

ガレスは2重3重のペーパーカンパニーの存在から、長兄が財閥の力ではなくフリーランスの人間に外注した理由を改めて納得した。最悪の場合、知らず存ぜぬ、の態度を取って財閥自身を守らねばならないとはいえ、切り捨てる為に人を雇うという考えは、ガレスは好きになれなかった。

「…だから、俺は家を出たんだよ、兄さん。」

写真の方の出所はすでに調べ上げている。
生まれ育った国のスラム街―堅気の人間なら近付く事すら避けるような所―近辺の分署から出てきた物である。

「…しかたない。生命を的にさらすようだが自分の足で調べるか。」

―調査を行っている事を派手に見せつけて喰らいついてきた獲物から情報を引きずり出す。
―かつて、ハンターズ・ライセンスを取った際の教官から教わった最も簡単な情報収集方法を活用するべく、ガレスはスラム街周辺の地図とスラム街をテリトリーにするストリートギャング達の最近の動向を検索した。


―1時間前、惑星コーラル 某国首都 スラム街―

「さって、と。どこから、手を付けようか?」

フォースとしての正装―青を基調とした呪術結界としても機能するローブとその下に着込んだヴァリアントフレーム―に身を包み、右手にはズミウランの杖を、脇の下のホルスターにはヴァリスタを下げたガレスは、スラム街の入り口に佇んだまま、スラム街の情勢を思い出した。

 ―このスラム街は元々3つの大きなストリートギャングの傘下にあったのだが、2ヶ月前にそのうちの一つ"レッド・ナイツ"が突如、勢力の拡大を計り他の組織との抗争を開始。
(どこから流れてきたかは不明だが)潤沢な資金をバックに他の2組織を圧倒し、2週間前には敵対組織の一つ"アイアン・ブーツ"を壊滅させ、もう一つの組織"ナイト・アウル"も壊滅するには時間の問題、と言われている。―

 1週間前のタブロイド紙の情報を思い出しながら、ガレスはスラム街のストリートを堂々と歩き出した。
始めはスラムの住人の興味と恐怖心が入り混じった視線が注がれたが、そんな視線も数が減り、やがて、殺気立った視線のみが見え隠れするのを感じたガレスは、ある路地に差し掛かると無造作にその路地に入り、曲がってすぐにある壁に背を押し付けて待った。
 あわただしい足音が近付いてくるのを確認し、ガレスは思考モードを戦闘時のそれに切り替えた。

―数は5人、アンドロイドは一人、後は生身。戦闘訓練をつんだ者はアンドロイド位だろう。しかも、実戦経験は低い。―

路地に飛び込んできた尾行者が自分を探す姿から、相手の実力を値踏みしたガレスは薄く笑みを浮かべながら姿勢を元に戻した。先頭にいた人間が思わず振り返る。

「何の用でしょうか、みな…。」
「るせえっ!」

皆さん、と言葉を続ける間もなく繰り出されてきた拳を軽くかわすと、ガレスは殴りかかってきた男の腕を取り捻り上げる。

「…痛っ!手前っ、どこのチームの者だ!?ガアッ!」

無言のまま腕を固めて男を"人間の盾"状態にすると、ガレスは残りの連中を見回して、自分の予想が当たった事に心の中で舌打ちした。

(幹部級は…居る訳無いか。)

「…手前、何すんじゃい、おおぅ!?」
「しゃあっすォオラァ!!」

頭の悪そうなチンピラ風の若者二人―一人は人間で、もう一人はニューマン―が威嚇とも言えるような口上を喋り、バタフライナイフを抜き、後ろにいたアンドロイドはハンドガンを、もう一人の人間が鉄パイプを構える。交渉の余地は無い程、相手側の頭に血が上っているのに気付き、ガレスは舌打ちと共に最終警告突きつけた。

「俺は、戦いたくないんだがな…。後悔するぞ?」
「るせいっ!余所者がぁ、死んで来いやぁ!」

その声が戦闘開始の合図となった。




「…口程にも無い連中だったな。」

ガレスの邂逅どおり、後は一方的な戦闘だった。
"人間の盾"になっている人質を突き飛ばし、相手側の先頭集団がバランスを崩しえひっくり返るのを確認すると、ガレスは躊躇せず中級テクニックのひとつ"ギゾンテ"を3連続で叩き込んだ。
この攻撃で最後尾にいたアンドロイドは内部構造にダメージを受けたらしくその場で動かなくなり、他の人間とニューマン達も決して無傷ではなかったが、その後にガレスが放った上級テクニックの一つ"ラファイエ"が止めを刺した。
もともと、密閉されていた路地裏で派手な爆発がおきたのである。術者であるガレスはいいようなものの、残りの4人にとっては逃げ場の無い灼熱地獄に放り込まれたのである。
倒した5人に共通しているもの―腕に彫り込まれた赤い騎士のタトゥ―から、彼らは最大派閥"レッド・ナイツ"の人間だったのだろう。

「最大派閥の連中がこんなに血の気が多くて、短絡思考だとは…。」

―先が、思いやられる。―
この後の事を考えると、依頼を受けた事を後悔せずにはいられないガレスであった。


 「…疲れた…。」

最初の戦闘の後、尾行され襲われる事4回、薬の売人に話し掛けて"アナザドライブ"の名を出した瞬間に逃げられる事7回、"アナザ・ドライブ"の販売を偽って暗がりで襲われる事6回、と普段のハンターズの仕事以上に荒事が続け様に発生した為、いつも以上に精神をすり減らしたガレスは疲れきった顔と共に、別の廃ビルの玄関前に座り込んだ。
デイフルイドも底をつき、後は無針注射用アンプルに入ったトリフルイドが数個あるだけであった。

「まあ、手ぶらじゃないだけマシか。」

―少なくてもスラム街の現状が入手できたのが幸いだった。―
あのタブロイド紙から情勢はさらに変わったらしい。"レッド・ナイツ"はあのタブロイド紙の販売日から数日後に更なる一斉攻勢に出て"ナイト・アウル"をも壊滅させ、現在は"アイアン・ブーツ"や"ナイト・アウル"の残党狩りとスラム街の秩序の回復―という名の他の住人への締め付け―を行っている。
また、"アナザヘブン"の流れはあるものの、現在は一部の連中―"レッド・ナイツ"の関係者―と関連がある薬の売人しか販売ができず、買う為には"レッド・ナイツ"の関係者の紹介が必要、との事だった。

「…やっぱり、虱潰しに建物一つ一つを調べるしかないか…。」

うんざりしたような口調でガレスは呟き、ハンターズギルドで他のハンターに仕事を依頼する際の方法を思い出そうとした時だった。
後ろで石が転がる音と共に右腕が捻られて、首筋にダガーの刃が押し当てられる。
心の中で舌打ちしながら、ガレスは抵抗をしなかった。
思考中だったとはいえ自分が気配を察する事ができない―つまり、自分より身体能力については上である―相手に、下手な行動を取るのは命取りである事は経験で身に付けている。
むしろ、相手の正体を知る事が次の手を打つ際に重要である。そのための方法は一つ、沈黙である。

「…おい、お前!何をしている!?」

少し押し殺したような声で相手が話し掛けた時、自分と同年齢程の女性の声である事と自分の服の隙間に垂れて来た液体―血液―にガレスは少し予想が外れた事に驚いた。

「…観光…てのは駄目かな?」

つまらない冗談に相手は気を悪くしたらしく、ガレスの首筋に小さな切り傷ができる。

「…あんた、人を馬鹿にしてんのかい!いますぐ、後ろを振り向かずに持っている物を全部後ろに放り出しな!」
「…O.K.判った。」

ガレスが返事をした瞬間、ガレスの背中に人間一人分の重量が覆い被さり、同時にガレスの服は倒れてきた相手の血で血塗れになった。


 


 
 
1st Night
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