4thNight
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―数時間後、スラム街 某廃ビル―

「まだ、あの雌狐は見つからんのか!」

スキンヘッドの巨漢―ストリートギャング"レッド・ナイツ"の―は禿頭に血管を浮かべながら部下を怒鳴り散らした。

「…も、申し訳ありません。ですが…。」
「釈明はいい!とっとと探しに行って来い!」
「は、はい!」

"レッド・ナイツ"のヘッドは部下を喰い殺しかねないような形相で部下に命令を下し、部下も逃げるように足早にビルを飛び出して行く。

「ったく、仕事も出来んのか、あいつらは…。すまんな、見苦しいところを見せてしまって。」
「…別に…。」

 (お前がたかが女一人の復讐が怖くて焦っている姿の方がよっぽど見苦しいわ。)

そう思いながらも"P"―ファントム―は敢えて、別の事を口にした。

「相手は、雌狐だけじゃない。
 2年目の、駆け出しに毛が生えただけ、とはいえフォーマーだ。あんたの所の兵隊だけじゃ足りないんじゃないか?」
「ふ、ふん。たかが、雌狐に小僧一人がおまけに付いただけだ。この街の支配者に楯突くとどうなるか、身をもって教えてやる。」

(その小僧に、シマの一部を荒されて慌てて泣き付いて来たのはお前だろうが!)

そう毒づこうとしたがファントムはやめた。もはや、価値の無いこいつらだが、もう一働きしてもらう必要がある。
"ドライブ"について嗅ぎ回っている、あのフォーマー、何処まで知っているかは別にしても、存在自体が危険である。
まして、あのNug-2000を撃ち込まれるのを察知したかのような姿の消し振り。そして―

 "ピピッ、ピピッ"

携帯端末が2度なった。"本当の上司"から得た情報を基にあの二人組が逃げ込んだと思われる隠れ家に踏み込んだ"L"からの定時連絡である。

「…ちょっと失礼。"例の場所"を調べに行った相棒からだ。」
「…そうか、早く済ませて情報を教えてくれ!あいつ等に"レッド・ナイツ"に楯突くとどうなるか教えてやらないとな!」
「ええ、そうですな。」

(ふんっ!ギャング風情がっ!)

内心を完璧に隠しながら即答すると、ファントムは情報端末に表示され"L"の視覚データと音声データを確認した。

「…どうだ、倉庫街は!?」
『…やられたよ、もぬけの空だ。』

"L"の視覚データを通してみる例の二人組が使ったと思われるコンテナ―内部は改装され快適な居住空間になっている―の映像を見て、ファントムは感心した。

「ほう。2年目にしては、なかなかやるようだな。」
『…少なくとも素人ではないな。"彼らがここに居た"と言う痕跡は言われてみないと判らないレベルしか残っていない。
 …"P"、教えてくれ。"ハンターズ"というのは、皆、このレベルなのか?』
「いや、そう言う訳ではないのだが…。そいつのレベルが高いだけだ。」
『そうか…。』
「とりあえず、帰って来い。あ、そうだ忘れていた、“帰り道に煙草を買って来てくれないか?”」
『…了解。』

通信を終えると、ファントムは情報端末を閉じた。会話が洩れ聞こえた事によって結果を知ったのだろう、"レッド・ナイツ"のヘッドは少し落胆の色を浮かべていた。

「だめだったか!?」
「ええ、狐の様に狡賢い奴ですな。」
「まったくだ、あの雌狐め…。」

ファントムは"レッド・ナイツ"のヘッドが勘違いをしている事に気付いたが、敢えて無視する事にし、替わりに別の話をする事にした。

「何れにせよ、私の所属する"ブラックペーパー"としては、取引相手であるあなた方に、この街を支配していただく必要があるのです。
 その為にも、あの二人組の処理が優先なのですよ。」
「う、うむ。しかし、期待していいのか?200人もの兵隊を貸してくれると言う話は?」
「ええ、本当ですよ。では、私は彼らと合流するので…。」

(もっとも、使い道はまったく違うけどな。)

ファントムは本当の事を話す事無く、次の手の準備に取り掛かるべく席を立った。


―同時刻、スラム街 地下下水道跡―

 「しかし、考えたな。下水道とは…。」
 「へへへっ、まあね。」

ガレスの驚嘆の声にリオネスは少し照れくさそうに笑った。

「ここは、結構使われなくなって長いから、昔は不法居住者が住み着いていたんだけど、色々な噂があってあたし達ストリートギャングも使わなくなって久しい所だから…。」
「噂って?」
「…白い大鰐が出るとか、幽霊が出るとか…。つまんない都市伝説よ。」
「ふ〜ん。」
「また、怖くなった!?」
「ま、さ、か!」

軽口を叩き合いながらも歩を進める二人だったが、二人とも既に決戦備えた装備状態であった。
ガレスはフォースとしての正装に身を包み、右手には格闘用長杖として名高いブレイブハンマーを下げ、両腰には小型・軽量で知られるSMG―H&S25ジャスティス―を一丁ずつ携帯していた。
また、背中のバックパックには様々なアイテムやプラスティック爆弾等を詰め込んでいた。

リオネスはガレスから渡されたビスチェ型のアーマー・ジャケットとジーンズ地のホットパンツを身に纏い、セラミックプレートの埋め込まれたブーツを履き、脇の下にはヴァリスタを、手には長柄の武器としては比較的に短いが切れ味には定評があるブリューナクを携帯し、腰には鞘に入った日本刀が1本下げられていた。

 ガレスの左手に装着された情報端末に表示される地下下水道跡の地図と実際の状態を確認し、マッピングしながら歩を進める二人。やがて、目的の場所―地上への入り口となるマンホールの下―につくとガレスはバックパックとブレイブハンマーをリオネスに渡した。

「?」
「俺が先に行くから、頼む。」
「O.K.!」

リオネスが快く承諾すると、すばやくマンホールの下のラッタルを静かに登っていった。
マンホールの蓋の手前に辿り着くと懐から小型のドリルを出すとマンホールの蓋に極小の穴を開け、調査用に先端にマイクロカメラの付いた光ファイバーを通し、マイクロカメラから送られてくる映像を情報端末に表示させる。

「異常なし、と。」

情報端末に表示された映像を確認すると、静かにゆっくりとマンホールの蓋を外し、外に出る。

 思った以上に外の空気は冷たくおいしかったが、感傷に浸る間もなく、ガレスは下に携帯用のマグライトで下に居るリオネスへ合図を送った。
下からの光の合図を確認すると、ガレスは両腰に下げたジャスティスを携帯し、慣れた手付きでセフティ安全装置を解除した。
そのまま、マンホールの周辺を守るかのように警戒する。しばらくして、二人分の荷物を持ったリオネスが息を切らせながらラッタルを上がり、姿を現した。ガレスはジャスティスを腰のホルスターに戻し、リオネスに手を貸す。

「…重い〜。」
「すまんな。」

リオネスの愚痴に答えながら、ガレスは荷物を受け取り、最後にリオネスが地上に出るのに手を貸した。リオネスは外に出ると、呼吸を整えるべく深呼吸をする。

「ふうぅ。…今何時?」
「…23:51。そろそろ、日が替わる。」

左手首に巻いている旧型のミリタリー・ウォッチ軍隊時計で時刻を確認し、バックパックの中からニドラを取り出す。
取り出されたニドラは、ゲージから解き放たれた仔犬よろしく、ガレスとリオネスの周りをくるくる回ってリオネスの左肩後方の定位置に収まった。その姿に微笑みながらガレスはリオネスに笑いかける。

「…さて、そろそろ行こっか?」
「…そうね。最後に確認だけど、アンタの目的はアナザドライブがあると思われる"レッド・ナイツ"のヤクの保管倉庫。
 あたしの目的は、"レッド・ナイツ"のヘッドの首と、例の二人組みの首。ここからは、別行動ね。」
「ああ。…そうだ、…ちょっと待って。…シフタ!デバンド!」

ともすれば駆け出しそうなリオネスを止めると、ガレスは力強くテクニックの詠唱を行った。
淡い赤と青の光の乱舞が二人を包む。その中でガレスはリオネスに一つの包みを渡した。

「…これは?」
「お守り。思いつく限り最悪の事態の際に使ってくれ。」
「サンクス。…じゃあ、あたしからのお守り。」
「…!」

リオネスは不意打ち気味にガレスの唇を奪った。
一瞬、反応出来なかったガレスから離れると少し照れたような笑みをリオネスは浮かべた。

「…じゃあ、お先に!」

そう言うとリオネスは駆け出した。ガレスは、何かを言おうとしたが、それをやめるとリオネスと逆方向に向かって駆け出した。



―同時刻、惑星コーラル 某国首都郊外 高速ハイウェイ パーキング・エリア 駐車場―

 ウィルはエアー・カーの中で、車載モニタに映し出された情報―自宅で、ガレスの口座の動きから彼の動向を洗ってもらっていた家政婦兼レイキャシール"イー・フリーナ"から送信された、ガレスの銀行口座の最新動向に関するレポート―をチェックした。

「…昨日と今日で約3万メセタの出費か…。
 うち、食費と移動費がメインだけど、後はどこかの口座に振込んでいるのが多いな…。」
『口座は全て確認しましたが、一部を除いて架空名義になっています。』
「だろうね…。」

イー・フリーナの解答に、ウィルは気落ち所か、寧ろどこか楽しげな笑みを浮かべた。

『?』
「もういい。ありがとう、イフィー。」
『ありがとうございます。それでは、ウィル様、御武運を。』
「あっ…あれほど様付けするなと言ったのに…。」

通信ウィンドウから消えたイー・フリーナに文句を言いつつも、その仕事振りに感心しながら、ウィルは架空名義になっている口座番号を確認した。

「ふんふん…。なんだ、そう言う事か。」

その時、エアー・カーのドアを定期的な間隔でノックする音に気付き、エアー・カーのドア・ロックを外すと、幾つかの紙袋と情報端末を抱えたケイがエアー・カーのナビ・シートに滑り込んできた。ドア・ロックを掛け直すウィルにケイは紙袋を2つ渡した。

「ただいま〜。あ、これお土産。」
「お帰りなさい…あ、どうも。…で、どうでしたギルド本部の方は?」

「彼への呼掛けも彼からの返信は無いし、本人からの連絡も無し。ギルド本部も依頼人に連絡を取ったみたいだけど…。」
「だけど?」
「あの子の口癖と同じ"それなら無問題だ"と、返答されたそうよ。」

眉根を軽く揉みながらケイはうんざりしたような口調で言葉を続けた。

「ともかく、依頼人が判らない以上、こっちで打てる手を打って、あの子をひっ捕まえるしかないでしょう。」

ケイは言葉を切ると、自分の紙袋の中からアイスコーヒーを取り出すとストローを挿して飲み始めた。
ウィルも自分の紙袋に入っていたアイスコーヒーを出して飲み出し、一緒に入っていたハムパンを齧り出す。
その時、ケイの眼が車載モニタに映し出されたガレスの銀行口座の最新動向に関するレポートを目ざとく見つけ、その内容を読み始めた。

「これは?」
「馬鹿弟子の、ここ2、3日間で使った金の流れですよ。」
「ふ〜ん…。あれ、ここって確か…?」

ケイも架空名義の銀行口座に気付くと、ウィルの顔を見た。

「ケイさんも気付きましたか?」

ハムパンを片付けたウィルは、微笑みながらモニタの表示を拡大した。

「一番上の出金は闇ブローカーのヨアヒムで、二つ目は闇武器商のステファン…。」
「三つ目は情報屋のリャオ爺さんですよ。…あいつガレスも随分と裏のネットワークを構築する様になりましたね。」
「正規のお店で購入した物は…女物の衣服、か。
 と、なるとリオネス=ディキアラと行動を共にしている、と考えていいでしょうね。後は、ラブホ?」

二人のベテラン・ハンターは一瞬顔を見合わせる。

「…セーフハウス隠れ家から撤収して、一時的に隠れたと考えていい物だと思いますけど…。」
「…そうね。」

乾いた笑みを浮かべる二人。どこか気まずい空気が流れるが、それを吹き飛ばすように、情報端末の着信コールが車内に鳴り響く。
「もしもし、こちらハーヅウェル…。イフィ?…ニュース?」

ウィルの発言に答えるように、ケイが車載コンピュータを操作してニュース番組を車載モニタに表示させた。

『…日未明、スラム街で暴動が発生しました。現在、警察が鎮圧に向かっておりますが夜間の上…』

―それは、考えられる上で最悪の事態の始まりであった。―




 


 
 
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