5thNight
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―数分後、スラム街 ストリート―

 上空から数機の輸送用ヘリコプター―無論、所属を表す物は何も記されていない―が夜の闇にまぎれてスラム街上空に到達した。

 ヘリコプターの下部コンテナがゆっくり開くと、幾つもの、大型の円筒形のユニットが現れ、次々と切り離された。ユニットはパラシュートを開くわけでもなくそのまま、ある物は地上に、別の物は廃ビルに突き刺さるように落とされた。ヘリコプターは全てのユニットの切り離しを確認すると何事もなかった様に、ただ一機、シェルエットの違う機体―夜間戦闘仕様の攻撃ヘリ―を残すと、全てが現れた時と同じように闇にまぎれてスラム街上空から姿を消した。

 地表に落ちた一つに、たまたま側にいた不法居住者が、興味と恐れを持ちながら恐る恐る近付いて行く。
 彼が、ユニットに手を触れようとした時、"バクンッ"という豪快な音と共に、ゆっくりとユニットが開き出した。

 「ひいっ。」

不法居住者が腰を抜かして地面に座り込み、その目の前でユニットの中から数体の人影―戦闘用アンドロイド―が現れた。そのうちの一体―手にした武器がソード系である事からヒューキャストであると思われる―がセンサー・アイで彼を捉え、ゆっくりと近付いた。

「なななっ?」

両手を動かし、這うように逃げようとする不法居住者だったが、その動きは、ナメクジのように鈍重であった。
そして、ヒューキャストの大剣が一振りされた。

「うぎゃああああ!」

"ターゲット、デリーテッド。サーチモードに移行。"
アンドロイド達はセンサーで状況を確認すると、次の獲物を求めてその場を立ち去った。

―数分後、スラム街 路地裏―

 「…ま、お約束というか、素直には通して貰えそうにないな?」

ガレスは溜息をつきながら移動予定の廃ビル―"レッド・ナイツ"のドラッグ保管所―の前を徘徊している―本人達は警備をしているつもりなのだろう―ストリートギャング達を隣のビルから確認した。

「数は…16人か。タイミングさえ合えば潜入は可能か…。」

幸い、軍人や警察官の様に統制が取れている訳ではなく、手に持っている得物も鉄パイプやナイフ、良くてハンドガン程度と考えていい。
厄介なのは数に頼んで集団戦を仕掛けられた際に捌き切れない場合であるが、無論、地形や状態によってはテクニックと銃火器の併用で十ニ分に対処可能なレベルである。

「さて、潜入のタイミング取ろうか…。ん?」

ガレスの耳に聞き覚えのある音―ハンドガンとマシンガンの発射音―が飛び込んできた。慌てて、音の方向に軍用の複合双眼鏡を向ける。
そこは、アンドロイドの群れとストリートギャングによる戦場―否、アンドロイド軍団による、ストリートの住人の無差別虐殺現場―であった。
地の利こそ、ストリートの住人であるギャング達に分があるものの、質で勝るアンドロイド達は圧倒的な火力と性能でそれを覆した。ギャング達も果敢に攻撃を加えるのだが、蟷螂の鎌よろしくアンドロイド軍団にダメージを与える事無く、次々と叩き潰されていく。

「…あれが噂のブラック・ペーパーのデリート・チーム、か…。」

かつてギルドの検索情報に記載されていた、信憑性の低い情報欄に記載されていた話を思い出し、ガレスは舌打ちした。

「確か、命令一下で全証人の消去と対象エリアの爆破を行い、最後は自らも自爆して証拠を残さないアンドロイドのみで構成された戦闘部隊、か…。哀れだな…。」

双眼鏡を外し、ガレスは彼らの投入理由を考え出した。

「手を組んだストリートギャング団を駆逐して、街一つを消滅させるだけなら巡航ミサイルの弾頭を燃料気化爆弾にして射ち込めばもっとコストが下がるはずだ?…となると?」

その時、ドラッグ保管庫の周囲を徘徊していたストリート・ギャング達の側に一台のバンが止まり、一人の男―身なりと態度から、"レッド・ナイツ"の幹部だろう―がバンから降りると大声で怒鳴り散らした。
それに答えるように16人いたギャングの内、8名がバンに乗り込んだかと思うと、バンは急発進して現場を走り去り、先程ガレスが双眼鏡で覗いていた方に向かっていった。

「…考えるのは後だな。」

残された8人が再び徘徊を始めたのを確認すると、ガレスは考え事を止め、突入のタイミングを図るべくビルを降りた。

―同時刻、某廃ビル 地下駐車場―

 「…ここまでは予定通り、と。」

 リオネスは情報端末に表示されたスラム街と地下下水道の地図を併用して"レッド・ナイツ"の本部と目されている廃ビルの地下駐車場に潜入した。
かつてのオフィスビルの面影もなく、荒れた状態で長らく放置されていたと思われる地下駐車場の空気はどんよりと澱んでいたが、地下下水道跡に比べればまだマシだった。

「後は、警備状態を監視しながら隙を突いて切り込めば…!?」

 その時、バンタイプのエア・カーが一台、地下駐車場に乗り込んできたので、リオネスは側にあった瓦礫の裏に隠れた。仇の一人―大剣使いのヒューキャスト―が何体かのアンドロイドと共にエア・カーから降車するのをデンタル・ミラー越しに確認したリオネスは声を上げるのを辛うじて堪え、そのまま闇に紛れた。

 "L"は部下―と呼ぶには頼りない―のアンドロイド達を連れてエア・カーを降りた。保険の為、2体のレイキャストをエア・カーの守備に待機させ、"目標"に向かった。
相棒の"P"から作戦が開始されたのは、例の嗅ぎ回っている男の隠れ家の調査の帰りに情報端末に送られてきた作戦開始の符号―帰り道に煙草を買って来てくれないか―で確認した。
同行していた"レッド・ナイツ"の構成員達を全員斬殺し、そのまま予定地に移動。"本当"の上司が手配していたコンテナ内に省電力モードで待機していたアンドロイド達―最も、彼ら全員に自己自立プログラムや思考/感情プログラムは組み込まれておらず、前時代的なロボットと呼ぶ方が相応しい―を起動し、マスター/スレイブプログラムをセットアップして部下としてエア・カーに載せて戻ってきたのである。

―こんな奴等でも居ないよりはましか…。いや、俺もこいつ等も同じ穴の狢か…。お互い、ビス止めの心臓に白い血人工血液が流れてるんだからな。―

鳥嘴状のフェイスカバーの下で自嘲的な笑みを浮かべると、そのまま廃ビルの中を進んでいく。途中で、"レッド・ナイツ"の構成員達に会うが、同伴しているアンドロイド達に一瞬驚きつつも"ブラック・ペーパー"が派遣してきた助っ人―"L"―に率いられている姿を見ると、安心したのか道を譲ってくれ、中には笑顔を向ける者もいた。良心が若干痛むような気がするが"L"は気にも止めず、"レッド・ナイツ"のヘッドの部屋まで何事もなく辿り着いた。
部屋の前に居る親衛隊の連中に挨拶をし、部下に部屋の外で待機するように命じると、大剣を親衛隊隊長に預け、部屋に入る。"レッド・ナイツ"のヘッドが自慢の禿頭と顔から汗をかきながら、携帯電話越しに何か命令を出していたが、"L"の入室に気付き、携帯電話を一時保留にして、"L"に話し掛けた。

「おお、"L"か?外で一体、何がおきているんだ!?」

―さあ地獄の宴の始まりだぞ、“ラモラク”。―

人間であった頃の名前で自分を呼ぶ事によって、自分を鼓舞すると"L"はわざと大げさな声で、話し出した。

「ええ、戦争が始まりました。」
「せ、戦争!?…他の組織は既に全滅したはずだぞ!?…そうか、あの雌狐め、余所者を引き込んだな!」

―つくづく、おめでたい奴だな…。―

禿頭を真っ赤にしながら怒鳴り散らす"レッド・ナイツ"のヘッドを眺めながら"L"は指先から単分子製ネイルを展開させた。"L"の指先から2、3cm程の単分子製ネイルが迫出す。

「―いえ、"雌狐"の手の者ではありませんでした。」
「じゃ、じゃあ、何処の者だ!?」

 "レッド・ナイツ"のヘッドの問いに答えるかのように、"L"の右腕が一瞬跳ね上がり、次の瞬間、"L"の手刀が"レッド・ナイツ"のヘッドの首筋を貫いた。

「我々ブラック・ペーパーですよ。」

頚動脈を切り裂いたらしく、身体中に"レッド・ナイツ"のヘッドの返り血を浴びたまま、"L"は平然と呟いた。

「じゃあ、後始末を始めるか。」

 "レッド・ナイツ"の首領の生体反応が消えたのを確認すると、"L"は腕を振って死体を振り払い、直属の部下
にこのビルの掃討命令を下した。


―数分後、スラム街近郊ストリート―

 「どう?様子は?」

 ケイは停止させたエアー・カーに熱工学迷彩シーツを掛けて、左手に装着した情報端末を起動して、熱工学迷彩シーツを作動させる。エアー・カーの形をした空間の振れが一瞬現れたように見えたが、やがて周りの風景に溶け込んでエアー・カーが姿を消す。

「…始まったようですね。ニュース・チャンネルがネットでリアルタイム放送を始めようです。」

エアー・カーを隠した路地裏の周囲を監視していたウィルが、左腕の情報端末兼シールド発生ユニットから、ニュース番組のホログラフを起動させ、ケイの方に画面が見えるようにした。年若いニューマンの女性キャスターがメインストリート前の警察の封鎖線前に立ち、少し興奮気味に現状を喋り出す。

『…現在スラム街上空の飛行、及び、道路は軍及び警察が封鎖を行っており、スラム街で発生した暴動は…。』
「あらら…。本格的になってきたわね。」

ケイは立体画像から視線を外し、携帯してきた銃火器のフォトン・チェンバーまでフォトンが充填されているのを確認すると、H&S25ジャスティスのセフティを外し、他の銃器をホルスターやバックパックの銃火器用スロットに固定する。その左肩口にはマグ―奇しくも弟子のそれと同じニドラ―が無言のまま主人の動きを凝視していた。
「…そのようですね。世の中、せっかちな奴が多すぎる…。」

ケイの言葉に答えるように、ウィルもサイド・ホルスターのヴァリスタのフォトン・チェンバーの充填を確認し、腰のホルスターに挿した双剣―超低温フォトンを纏う事で知られるヤマト―を一瞬抜き放つ。青い光沢と白い凍気を纏った刀身が夜のストリートに浮び上がる。その左肩口には愛用のソニチがひっそりと待機していた。

「さて、行きますか?」
「道のあてはあるの?」

ケイの問いに、ウィルは微笑みながら情報端末からデータの一つを表示させた。立体的に浮び上がったスラム街のマップの最下層に表示されたルートを見て、ケイは合点した。

「下水道跡ね?」
「ええ、自分がガレスなら、どうやって警戒が厳しくなっているこの街スに進入するかを考えたんですよ。」
「…なら、急いだ方がいいわね。軍や警察もいつかは気付くわよ。」

そう言うとケイは足元のマンホールに視線を移した。


 


 
 
5thNight
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