―同時刻、"レッド・ナイツ"ドラッグ保管庫―
侵入自身は簡単な物だった。
8人の動きを確認した上で、ガレスはタイミングを見計らって、彼等の視線に入らないように移動して建物に侵入した。
中の警備は外以上に杜撰な物で、ビルの中を巡回する者もおらず、中には空き部屋でサボっている者や、通路でしゃがんだまま煙草を吸っている者もいた。
―所詮、素人集団か。―
ガレスは廃ビルの中を影のように移動しながら目的の物―アナザ・ドライブと、(ストリート・ギャングがこういった物を残しているかどうかを、ガレスは疑問視しているが)
"レッド・ナイツ"のドラッグの帳簿―を探した。
やがて、大きな部屋―多分、かつては会社の会議室として利用されていたと思われる造りの部屋―の前にしゃがんだまま煙草を吸っている者もいるが、総計4名のストリート・ギャングが入り口前に立ち番よろしく見張っているのを、ガレスは見つけた。
「…ここまでは、静かに来れたんだがな…。」
ガレスは、覚悟を決めると、バックパックから幾つかのプラスティック爆弾と電磁信管を取り出してセットを始めた。
そのストリート・ギャングが異変に気付いたのはまったくの偶然だった。
義務として行っているドラッグ保管庫の警備はまったく退屈で、先日参加した"アイアン・ブーツ"や"ナイト・オウル"の残党狩りの方がよっぽど楽しめた。ただ、煙草やドラッグと言ったチームの物を無償で拝借する―皮肉な事に、すぐ上の兄貴分が黙認どころか自ら率先して行っている―事が出来る利権がある為、仕方なしにやっているような物である。無論、やる気など無い。
そんな彼が何の気なしにふと廊下の角を見ると、何か服の裾と思われる物が廊下の角から現れたように見えた。
「ん?」
視線を向けた彼の眼に飛び込んできた物は、散弾の様に自分達に向かってくるギバータ―氷の粒子のシャワー―であった。
「な?」
思わず顔を覆おうとするが、既に腕が凍りついて動かす事も出来ず、口も閉じる事すら出来ない。そして、一人の男が無表情のまま、SMG―H&S25ジャスティス―を両手に一丁ずつ構えたまま自分達に向け発砲する姿が彼が最後に見た映像であった。
「…ふう。奇襲成功、と。」
ガレスは、呼吸を整えながら完全に氷柱と化したギャング4人を尻目に問題の部屋の扉に近付いた。扉には簡単な鍵が掛かっていたが、ガレスは手馴れた手付きで針金を取り出すと物の数十秒で鍵を外し、中に入った。中に入るとジャスティスの冷凍弾で扉を固定する。
部屋の中は廊下に比べて暗かったが、しばらくすると眼が暗闇に慣れ、部屋の中がぼんやりとだが見えるようになった。
「…ビンゴッ!」
山積みされているドラッグ―袋に入っている物や、タンクに入っている物―の中に、比較的新しく丁寧に梱包されたコンテナがあった。左手のジャスティスを腰の銃器用スロットに固定し、マグライトで箱の表面に書かれた文字―YrE-504―を確認したガレスは鮫の様に笑った。
―数分後、惑星コーラル 某国首都スラム街 某廃ビル 地下駐車場―
上の方で何か騒ぎが起きたらしく、足音が慌しく響き渡り、それに伴い、銃声や罵声、剣戟の音が響き渡る。
(何が起きたの?)
しかし、目の前のエアー・カーの警護についているレイキャストが周囲を警戒しており、リオネスは迂闊に動く事も出来なかった。
その時、駐車場の一角からズタボロにされたギャング達が飛び出して来た。それに反応し、レイキャスト達はマシンガンとショットをギャング達に向けて発砲した。
(チャンス!)
リオネスは暗がりから飛び出した。まだ、ギャング達の掃討を行っているアンドロイド達はリオネスに気が付かない。
「でぇええええい!」
リオネスは渾身の力でブリューナクを振り降ろした。それに答えるかのように、ショットを持ったレイキャストキャストが振り向くが、デビル/バトルの装着によって反応速度が強化されたリオネスから見ればその動きは緩慢な物であった。
―ザンッ―
斬撃を止める為に振り上げたショットよりも先にブリューナクがレイキャストの身体にめり込み、そのまま袈裟切りされ、レイキャストは活動を停止した。
「一つッ!」
その時、視線の片隅でギャング達を始末したレイキャストのマシンガンが自分に銃口を向けたのを捕らえた。
「くっ!」
向きを変えながら、横っ飛びにジャンプして銃撃をかわす。レイキャストも射撃の手を緩める事無く、リオネスの移動方向にマシンガンを乱射する。
「…ならっ!」
リオネスはブリューナクをレイキャストに投げつけた。レイキャストはそれを手で払い落とすが、その時リオネスは距離を詰め終えていた。
「せいっ!」
腰に挿していた刀が一閃する。
―ズンッ―
リオネスは手応えと共に自分に降り掛かる白い血―人工血液―で、相手を仕留めた事を確信した。
「ちょっと、何が起きたの!」
リオネスは、既に半ミンチ状態になっているギャング達の中に辛うじて息がある者―最も、彼ももうすぐ他の者達同様、いつ息を引き取ってもおかしくない状態である―を見つけ、情報を得るべく話し掛けた。
「…あ、あいつ等…。」
「あいつ等って、誰よ!?」
「…う、裏切…。」
「…裏切り!?」
その言葉を最後に、リオネスの腕の中で彼は息を引き取った。そして、リオネスも言葉の意味を考える暇が無くなった。
通路の方からアンドロイド達の足音が聞こえてくるのを感知したリオネスはブリューナクを握ったまま、死体に紛れ込み息を潜めた。
しばらくすると、ヒューキャストタイプが2体、通路に現れ、リオネス達のすぐ上を通り過ぎていく。
(早く行け!)
リオネスの想いが通じたのかどうかは判らないが、ヒューキャスト達は遺体を踏み付けたまま先に進み、駐車場の中に入っていった。しばらく、動き回ったが、やがて足音が途切れる。
(よしっ!)
リオネスはゆっくりと死体の中を這い抜け、死体が途切れると同時に立ち上がると全力で通路を走り出した。
―同時刻、スラム街ストリート―
「ウィル、左ヒュー3、レイ1!」
「了解!」
ケイの声に答え、ウィルの双剣が閃き不用意に突出したヒューキャストの頭部センサーを貫く。その後ろから二機目のヒューキャストがパルチザンを振り下ろそうとするが、ウィルの双剣はそれを上回る速度でヒューキャストの胴を薙いだ。ヤマトから放たれた凍気がヒューキャストの動力ユニット近辺に叩き込まれ、一瞬、動きが止まった二機目のヒューキャストにウィルは易々と止めを刺す。
「ケイさんも、少しは数を減らして下さいよ。」
「言われるまでも!」
ケイの方も、既に一体のヒューキャストを右手のジャスティスの3点バーストのみで頭部を吹き飛ばし、慌ててショットを発射する姿勢に入ったレイキャストを左手のジャスティスから放った冷凍弾で凍結させる。凍結したレイキャストはそのままヤマトの錆となった。
「ふうっ。」
ケイは一息入れながらも、手馴れた動作でジャスティスのカートリッジを入れ替える。
「少しは落ち着けそうですね。」
「ええ。じゃあ、調べるから頼むわ。」
「了解です。」
ウィルに合図すると、ケイが情報端末付シールド発生装置からワイヤーを出し、残骸になったアンドロイドの内、頭部の原形が保たれているレイキャストの頭部に結線した。しばらく、データのサルベージを行っていたケイだったが、情報端末付シールド発生装置からワイヤーが断線される。
「いい攻性防壁使ってるわ、こいつ等。」
「大丈夫ですか?」
ウィルの問いにケイは情報端末付シールド発生装置に増設している身代わり防壁ユニットを見せる。ワイヤーを断線した接続部分には高圧電流が掛かり強制断線を行った為、熱を持っていた。
「アンドロイドが直接結線していたら焼かれていたでしょうね。」
ウィルの返事に無言で頷くケイだったが、やがて顎に手を当てた。
「…となると、政府の機密保護法を認めていない対応を行える…軍?…情報部?」
「あるいは…ブラック・ペーパー?」
ウィルの発言に、ケイははっとした表情になり、ウィルと顔を見合わせた。
「…となると、こいつ等…。まさか…!?」
「この街スラム街の勢力状況を考えると、ブラック・ペーパーのデリート・チーム消去部隊、と考えるのが普通でしょう…。」
二人とも、いやーな笑顔を浮かべて顔を見合わせてしまう。
―命令一下で全証人の消去と対象エリアの爆破を行い、最後は自らも自爆して証拠を残さないアンドロイドのみで構成された戦闘部隊―
ハンター歴の長いウィルや従軍経験の長い―しかも、その半分を特殊部隊で過ごした―ケイにとって、この噂の真偽は知っていて当然と言える事であり、それは作戦遂行に関わる重要な要素であった。
「どうします?」
「…行くしかないでしょうね。それに…。」
ケイは数秒の思考をした後、再びジャスティスを両手に握り直した。
「我々もまた、標的として認識されている、て事ですかね!?」
ウィルがヤマトを正眼に構えた先には、無数のアンドロイド達のセンサー・アイが不気味な光を湛えて、二人のベテラン・ハンターズを捕らえていた。
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