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ファイル3:変革/Trans










深夜。

エミーナらがサフラン捜索を行っている一方で、ルチルはフォラータと共にへとへとになりながら日課の報告に向かっていた。
階段を昇ることすらかったるい。なぜあの男はわざわざこんな高いところにいるのだろう。
文句を言ってやりたいが、依頼人である以上はそうもいかなかった。

「うぁぁあああ……。きついよぅ。死んじゃうよう」

「報告するまでがTAです。ほら、しっかり歩いて」

「ほらたんはつらくないの!? 4回もやってるじゃん!」

「あなたは7回じゃないですか……。いくらなんでもやり過ぎですよ」

言い合いながら階段を昇るうちに依頼人の姿が見えてくる。
赤いコートを着て、赤い帽子をかぶって、赤いゴーグルをかけている。
いつも柔和な笑顔を浮かべたその男の名前はクロトという。

「そんなにきついなら無理してやらなくてもいいと思うんだけどねえ?」

そう笑いながらクロトは言った。

「! TA終わりました! お金ちょうだい!」

「チルさん……もうちょっと礼節に気を使ったほうが……。クロトさん、いつもすいません……」

「いいのいいの。TAおつかれさま。確かに記録をいただいたよ。これ約束のメセタね。二人の口座に送金しておくから」

二人の常連とのいつもの会話。もはや儀式のようなものだ。
ただ、クロトにとっては少し感慨深いものがあった。
なにせ、ここまでTAを続けてくれるアークスはいまやごく少数になっている。
こんな深夜まで彼がここにいるのも、彼女ら二人のTAを待っていたからだ。

「ところで、君たちはその稼いだメセタをどうするんだい?」

「クロトさんの口からそんな質問をされたのは初めてですね。……そうですね。私は武器や防具を取りそろえたいと思っています」

「ごはん! 服! 武器! 防具! いっぱい!!」

「うんうん、いっぱい買うものがあるんだねえ。それはとても良いことだよ。今は色々なものが安くなってるからいっぱい買うといい」

「! え! やすいの!?」

「そういえば、マイショップの価格帯が異様に安くなっていますね」

マイショップというのは、アークスが利用する売買システムのことである。
ネットワーク上に商品を陳列し、出品者が自由に値段を設定して販売できる。

フォラータが言うように、マイショップで販売される商品の値段が安くなっている。
商品が売れないために出品者が値段を下げて出し直しているのだろう。

「あの事件の影響だよ。アークスがメセタを稼がないからデフレになってるんだ。その点君らはたくさん稼いでえらいねえ」

「クロトさんこそ、よくそんなにメセタを持っていますね。やっぱりマイショップ富豪なんですか?」

「きっとどこかのエージェント!!」

「ははは、ご想像にお任せするよ。じゃあ、僕はこれで。友人と約束があるんだ」

クロトは二人の追及を適当にはぐらかした。不用心に喋りすぎたと心の中で反省する。
そんなクロトには気づかずにルチルは驚愕の余り目を見開いていた。

「! クロトはぼっちじゃなかった!?」

「コラッ! なんかホントすいません、クロトさん。では私たちはこれで」

「あはは、また明日ね」

友人と約束があると言うのは事実だ。もっとも、時間指定はされていない。いまごろ既に饗宴は始まっているだろう。
クロトは二人の将来有望なアークスと別れ、会場のある市街地に向かった。
特に急ぐわけでもなく、考え事をしながら歩く。

(惜しいなぁ。どこかのエージェントというのは正解だよ)

しかし、いくらなんでも絞りが甘すぎる。当てずっぽうで当たっただけでは手放しで賞賛をすることはできない。
大体、いくらなんでもTAをやるだけでメセタを与えるだなんて個人でやるには酔狂にもほどがある。
どこかの組織人であることは明白なのだ。

クロトが常に着用しているゴーグルには様々な情報がグラフ表示されている。主に注視しているのはマイショップ内の相場状況だ。
グラフは、地獄の谷底に落ちそうな曲線を描いていた。眩暈がするほど酷いデフレが発生している。
つい3か月前まで100000メセタのものがいまや底値の1050メセタで投げ売りされているのだ。

(アークス本部はACの普及に失敗しちゃってるしね。ねえ、ウルクちゃんこれどうするの?)

答えるものはいない。
AC普及失敗については彼女の責ではないことは分かっているが、それでも新たな旗頭であるウルクのことをクロトはまだ評価していない。
結果が出ていないからだ。
だが、ウルクが何かをしようとしていることは分かる。
きっと、あの二人が所属するチームだ。

(仮)

愛用のゴーグルを通して金の流れを見ればうっすらとその名が見えてくる。
ほとんどのアークスが売りに徹している中、買いを行っている者たちがいるのだ。
特に大口の購入をしているのは湊、みづき、誤解ですよの3名。
いずれもチーム(仮)に所属するメンバーである。
逆に(仮)メンバーのリストを閲覧してマイショップ履歴をチェックすると、大口でなくとも全員が売りより買いに走っている。

(彼女らは信じているんだ。アークスの復活を)

現在のデフレの実態は、アークスが働かないというだけではない。当のアークスたちがアークスでいることに迷いを見せているからだ。
売れるうちに自分の武器を売ってしまおう。アークスを辞めて、どこかの社員にでもなって生きていこう。そういう者が増えている。
逆に、アークスに成りたがる者がいない。より強い武器を求める者もいない。だから武器も防具も売れず、売れないことに焦り、安くなる。
それがこのデフレの正体だ。

しかし、(仮)はこのデフレの中で買いを行う。つまり本部から、ウルクから、何かを伝えられたのだ。
アークスが復活するに足る何かを。

いや、ひょっとしたら。

「(仮)が復活させる、なんてねー」


いつの間にか会場の一流ホテルについていた。
嘯きながらドアをノックする。
アナログなことにノックの回数とタイミングは決められている。それが合図なのだ。

コン、コンコン、コン

「入りたまえ」

失礼しまーす、とクロトが入ると、そこにはパーティルームが広がっていた。
大理石の床、華やかな図柄がさり気なく描かれた白い壁、眩いシャンデリア。
贅を尽くした豪華な料理の数々をオードブル形式で食べていくスタイルのようだ。
これはこの会合の理念を表している。すなわち、思いっきり贅沢をしてメセタを使いまくろう。というものだ。
消費されない金に価値などないとばかりに浪費するのである。

来場者はさまざま……ロビーエリアやショップエリアで勤務する本部職員、アークス、著名な研究員、市街地の富豪など。
その中心には、紫のスーツを着こなし、黒い髭をたくわえた男性がいる。
片手にワインをくゆらせていた。一本1000000メセタ以上する極上品。

「やぁ、ドゥドゥさん。遅れちゃってごめんねー」

「フッフッフ。クロト君は仕事だったのだろう? 仕方ないさ。君にはなんとかこのデフレを止めて欲しいからな。安定してメセタを流せる君が頼りなんだ」

「悪いけど、期待とは裏腹にTAを受けてくれるアークスも少なくなってきちゃってさぁ」

ここにいる者たちに本部職員はいるがそれが本部を動かせるわけではない。この会合はあくまで非公式のものだ。
もっとも、本来ならばメセタの流れを操作するほどの影響力がある会合である。

元はドゥドゥが作り上げた金融ネットワークだ。
自分の手元に貯まりすぎるメセタの処分に困り、うまく社会に役立てないかと有識者を集めた所からこの会合は始まっている。
いつしか、このネットワークは太古の商業組合の呼び名にあやかり『ギルド』と呼称されるようになった。

クロトはギルドに所属するアークスである。
クライアントオーダーの手順に則ってアークスにメセタを流通させる役目を担っているのだ。
同時に、TAの結果や装備品を通して、有力なアークスを見分し、ギルドに伝達する役目も与えられていた。

「それよりドゥドゥさん。耳寄りな情報があるよ」

「ほう、何かな?」

「(仮)ってチームを知っているかい?」

こうして(仮)の与り知らぬところで(仮)の名前は広がっていく。



 

 

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