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ファイル3:変革/Trans










『テステス……、お姉聞こえるー?』

もう何度目になるだろう。WISの送信は相も変わらず失敗している。
周囲は赤い岩で出来た崖で囲まれているがそれは原因ではないはずだ。
なんども意識を集中していると、サフランを取り囲みながら歩く龍族が話しかけてくる。

〔何をしている?〕〔小さきアークス〕

「小さいは余計だってば! ……通信をしてるんだけど繋がらないの」

〔そなたたちの念話か〕〔今は無理だろう〕

「無理? 原因が分かってるの!?」

サフランが会話をしている相手は普通のディーニアンとは違っていた。
首に巻いた翠緑色のスカーフもそうだが、礼儀正しいのだ。
名をヒ・エンというらしい。

龍族に囲まれた時、話かけてきたのが彼だった。どうやらアークスを目の敵にしているわけではないようだ。
サフランは候補生時代に習ったことを思いだす。
龍族というのは元来敵対的な種族ではなかった。
しかし、ダーカーの浸食を受け凶暴化することがある。そうした龍族をアークスが撃退するうちに関係が悪化したらしい。
アークスがダーカーの反応がある地域にしか顔を出さないために龍族の悪いイメージが植え付けられている、というのもあるかもしれない。
少なくとも今、ヒ・エンには明確な敵意がないためにサフランは多少なりとも余裕が生まれつつあった。

〔元はと言えば〕〔アークスに因果がある〕

「あたしたちのせい?」

〔人の造りし龍が現れ〕〔ダーカーを蒔いた〕〔ダーカーはアークスの小星を壊している〕

「小星……って衛星のことだよね。やっぱりそうだったんだ。でも人の造りし龍っていうのは、わからないな」

〔そんなはずはない〕〔小さきアークスよ〕〔そなたはその龍の系譜〕

何を言っているんだろう? 自分が龍というのはどういう事か、とサフランは頭を掻いた。
こつん。手のひらに自身の角が当たる。

そうだ。きっとデューマンのことだ。

自分にデューマンだと一目で分かるような要素はないはずだ。少なくともサフランはそう自信を持っていた。
角は自分で動かせるので出来るだけ小さくしている。瞳もコンタクトで補正をしているし、体の紋様は見せないようにしている。
今着ている服はイデアクラスタなので地肌が見えてしまうが、紋様を隠す程度はエステで無料でしてくれるのだ。

別にデューマンであることが嫌なのではない。姉のエミーナがニューマンなので自身もそうなりたかっただけ。
エミーナはサフランのこの行いを快くは思っていないようだが、サフランは頑として譲らなかった。

「ええと、じゃあ暴れているのはデューマンなんだね!」

アークスなのにアークスの妨害をするなんて、なんて奴だ! とサフランは憤る。
最近はそういう奴がいても不思議じゃない状況になってきた。
しかし、ヒ・エンは首を捻っている。

〔………〕〔やはりアークスとの対話は〕〔難しい〕〔小さきアークスよ〕〔会って欲しいアークスがいる〕

「だから小さいは余計! サフランって呼んでよ。で、そのアークスってのがデューマン? それともそのデューマンの知り合いかな」

〔失礼したサフラン〕〔どちらも違う〕〔アキという研究者だ〕

どうやら、ヒ・エンの態度から察するに敵意を向けるべき相手ではなさそうだ。


行軍はしばらく続いた。龍族たちは基本的に静かな種族なのだろうか。互いに会話をしない。
ふと、サフランは気になっていた話題を振る。

「そう言えばヒ・エン。話は変わるけどさ。あたしが怖くなかった?」

ヒ・エンの説得に応じ、キャンプシップから渋々出る時のことだ。
サフランは龍族に騙されている可能性を考慮して自前のカタナを抜き身で構えながら外に出たのだ。
そんなことをすれば抜剣の本領は発揮できない。しかし脅しにはなるだろうとハッタリを利かせるつもりだった。

〔恐怖は抱かない〕〔ヒは賢き部族ゆえに〕〔それにサフランは他のアークスとは反応が違った〕

「ん……どこが違った?」

〔アキに似ている〕〔瞳の焦点が合っていた〕〔対話をしようというアークスの特徴だ〕

「あはっ。違うんだよ。ヒ・エン。あたしは対話をしようとしたんじゃない。……出来ないの」

〔どういう意味だ〕〔何が出来ない?〕

「瞳の焦点が合ってないっていうのはね、アークスは戦闘態勢に入るとフォトン知覚をしているからなんだ。でもあたしには……フォトン知覚がよくわからない」

それは、アークスに憧れるサフランにとって大きな問題だった。
フォトン知覚ができない。ビハインドビューにもなれない。
このことは、姉にも隠している。
まったくどうして自分なんかがアークスになれたのか分からないが、きっと人手不足のおかげだ。とサフランは思った。

人一倍の努力でレベル20にまでなれた。
しかしやはりフォトン知覚を掴むことができない。コツが分からないのだ。
前に姉にそれとなく聞いてみたが、その時は擬音交じりの説明でよく意味が分からなかった。その日は一日中姉が遠くにいるようで、とても寂しい気持ちになったっけ。
思い出したら、今にも寂しい気持ちが心を浸していきそうになる。

〔それは悪いことなのか?〕

「へっ?」

〔己の弱きところを知り、補う〕〔それは強き者の定め〕〔克服するにせよ〕〔受け入れるにせよ〕〔サフランは己の弱きところを解している〕〔それは良いことだ〕

「なあに、ヒ・エン。元気付けてくれてるの?」

〔?〕〔我らの理を説いたまで〕〔それより〕〔そろそろアキの住処だ〕


見れば、前方にはアークス本部で支給されている簡易キャンプが設営されている。白いテントには研究所のロゴがプリントされていた。
だが、サフランの目を惹いたのはもっと別のものだ。
テントの横には女性がいる。しかし、それよりもでっかい者が女性と語らっていた。知らず、サフランの頬が軽くひきつった。
そんなサフランに気付いたのか、龍がこちらを振りむく。
青白い巨体の龍。クォーツドラゴン。

〔お客様だ!〕〔こんにちわ!〕

頭の中に響く龍族特有のテレパシー。
しかしサフランの身体を竦めさせたのは物理的な咆哮の衝撃だ。びりびり、と空気が痺れる。

「ああ、大丈夫かい、キミ? 彼女はまだ私たちの挨拶に慣れていないんだ」

サフランを心配するように語り掛けたのは黒髪をミディアムレイヤーでまとめたヒューマンの女性だ。彼女がアキだろう。

〔びっくりさせたか?〕〔ごめんなさい!〕

再度の咆哮。ちょっぴり怖いがどうやら敵意はないらしい。

「あたしはサフラン。サフラン・アクセリア……です。キャンプシップが故障してしまって、この星に不時着しました」

「そうか、それは災難だったね、サフラン君。私は研究者のアキ。彼女はコ族のレラ君だ」

〔サフランか〕〔良い名前だ!〕〔よろしくね!〕

テレパシーから伝わる精神年齢から察するに、コ・レラは見た目に反して幼いのだろう。もしかしたら自分と同じくらいかもしれない。
なんだかちょっとおかしくなってくる。こんな龍族もいるんだと初めて知った。
緊張も不安もすべて捨てて。この惑星に着いてからはじめての心からの笑顔で返す。

「はじめまして、よろしくね!」

 



 

 

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