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ファイル3:変革/Trans










宙に浮かぶ大地を横目に(仮)号は大気中を航行している。
我に返ってみれば、大地が浮かんでいるというのはずいぶん不思議な光景といえる。

「ゼンチ。なんでこれ浮いてるか知ってるか?」

「分かりやすく言ってしまえば、特殊な磁場によるものだよ。アムドゥスキアの大地には磁性を帯びる鉱物が多量に含まれている」

「それって人体に有害じゃないのか」

「生身ならね」

アークスは放射線だろうが汚染大気だろうがさほどの影響はない。この星に住む龍族は当然適応しているのだろう。
感心していると、赤虎が叫んだ。

「おい! あれって死体じゃないか!?」

物騒な単語だ。目を向けるとその浮遊大陸には龍族の死体があちらこちらにある。人型から飛行型まで様々。
呆然と見ていると骸はフォトン化して消えた。

「レーダー!」

チャコさんがトゥリアに報告を求める。トゥリアはすでに周囲を解析しはじめていた。

「……ダーカー反応……! テレポート……くる……!」

テレポートはアークスの専売特許ではない。むしろテレポートの技術に関していえばダーカーの方が一枚上手だ。
こちらはテレポーターを予め設置しなければならないのに対し、ダーカーは座標指定で直接現れる。

「も、もしやすると船内に直接来たりするかの?」

「いいえ! テレポーターの近くには転移できないって昔習いました!」

枯葉さんの言う通りだ。チームルーム、もとい(仮)号にはテレポーター投下装置はないがテレポーターはある。
同時に、ダーカーが船内に転移するという問題を解決するためにチームルームの大きさは転移不可能範囲内に収められているはずだ。

ならテレポーターだらけにすればダーカーからの防衛なんて簡単じゃないかと思うのだが、コストやら環境に与える影響やらで出来ないらしい。


そうこうする内に、ぽつ、ぽつ、と赤と黒のインクを垂らしたようなシミが空間にできた。それが渦を巻き、次元の隙間からダーカーたちがせり出てくる。(仮)号前方に展開。
空を飛ぶアンコウのような魚……ダガッチャとダーガッシュ
気球のように浮かび卵を散布する虫……ブリアーダ
翅を生やした半人の虫……エル・アーダ
それぞれが30匹超。黒い群れになっている。

「おお、見事に空中戦だ!」

「ワクワクしてるとこ悪いけどオタ。あいつらは無視するよ。対空装備なんてチームルームにはないしね」

(仮)号はその黒い雲に正面から突っ込んでいった。こちらの前面装甲は硬い。
大質量による突撃でダーカー側も無事では済まないだろう。

「せやな。早いとこサフラン回収すべきだもんな」

素直に下がるオタさん。しかし、手には愛用のランチャー:フレイムバレットを取り出している。

「でも、いやな予感はするからハッチの近くにいってるぜ」

オタさんは後部ハッチに向かって歩いていき、安全帯を腰に巻き付けた。靴を重たいマグネットブーツに履き替えている。
何をしているのか、という疑問は無い。すでにガンガン、という硬いモノを打ち付ける音がハッチから漏れ聞こえてくる。

「えっ、(仮)号ってかなりの速度で動いてるんですよね? 遠距離攻撃でもされてるんですか!?」

「いや、そんな攻撃手段さっきのやつらには無かったはず……」

僕は枯葉さんの戸惑う声に答えたが、それならこの音はなんだろう?
チャコさんとトゥリアの会話が聞こえてくる。

「……さっきのブリアーダ……卵植え付けられた……エル・ダガンがしがみ付いてる……後ろはただのハッチで……可動部だから……硬くない……壊れる……」

「振り落せる?」

「……無理……ハッチ穴空くと……宇宙に戻れなくなる……後部ハッチ開けるから……駆除して……」

「オタの予感が当たっちゃったか……」

いや、むしろこれは。

「オタのフラグじゃの」

「えっ、俺のせい!?」


コントをしている暇はない。ハッチがゆっくりと開口する。
室内の空気が凝結し、白い気流と化した。ハッチの隙間から漏れ出ていく。
ハッチの隙間が1mほどになるとエル・ダガンが足を引っ掛けて現れた。
4足歩行する黒い甲虫。ダガンより一回り大きく、各部が赤く染まっている。

「ひゃっはー!! ゼロ・ディスタンス!」

オタさんがそいつに銃口をあてがい、そのまま引き金を引いた。エル・ダガンの頭部が爆裂する。
それをきっかけにして、無数のエル・ダガンが隙間から這い出てくる。
オタさんはフレイムバレットの弾倉を切り替え、火炎放射を開始。
いつぞやの蟹を焼いた時のように敵を燃やしていく。
しかし、何匹いるのだろう。ハッチの隙間から続々とあふれ出てきた。

「ちょっ、やべっ」

エル・ダガンを侮ってはいけない。同種のダガンよりよほど凶暴で、体躯が大きい。いくつかのエル・ダガンが炎を掻い潜った。
鋭く研ぎ澄まされた脚が振り上げられ、オタさんの頭部に迫る。

「オタやん危ない!」

それを一瞬早く止めたのはカタナの一撃だった。円状に広がる衝撃波がエル・ダガンの動きを一瞬止める。
戦技フドウクチナシ。
本来は敵の動きを麻痺させるだけなのだが、この状況であればそれだけで踏ん張りが効かなくなる。
無数のエル・ダガンは一斉に時速200km超の船から振り落とされた。
下には雲海か活火山しかない。助からないだろう。
カタナを振るったのはエミナさんだ。咄嗟に剣を抜き放ち、もっとも状況に合った一撃をしてのけた。

「鯖味噌ありがとな! って、もう大丈夫なのか?」

「うん。目の前のこと片づけることしか出来ないから、ボクは。やることが分かってるならやるだけさ」

ひゅう、と口笛を吹くオタさんだが、周囲の状況は未だ芳しくはない。ダーカーの出現はまだ止まっていないのだ。
轢殺したはずのダーカーたちはすでに後方から消えており、またも前にテレポートしてくる。一体なんだこの現象は?

「リバー。君らには聞こえないか? この咆哮が」

ゼンチが囁いた。咆哮?
ゼンチは北東の方向を向いている。耳を澄ませると確かに咆哮としか形容のできない音が鳴っていた。
ついでにゼンチは聞き捨てのならないことを言った。

「クロニクルを盗み見た時にはまさかと思っていたが、完成していたのか……」


 



 

 

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