ファイル3:変革/Trans
|
アキにとって、デューマンは不可思議な存在だ。 若かりし頃のアキは【遺留物】の存在を知らなかった。 一致率:99.9999999% アキが変わったのはその時だ。 そして、個人的研究という名の贖罪をするようになった。 ああ、自分は殺されたいんだ、と。 結果的に、始末屋は自分を許した。
「は?」 「だって、あたしたちの元になったハドレットさんを生み出したんでしょ? すごいと思う。そりゃ暴走して殺されちゃったけど、アキさんその時にはいなかったでしょ?」 「それは、そうだが……」 「暴走だってわざとだし、ハドレットさんにも責任ないじゃん。悪いのはその研究所の上にいる人でしょ。その人が悪さしなければハドレットさんはちゃんと相方の女の子と幸せに生きれたと思う」 〔かの龍の最期は〕〔けして悪いものでは〕〔無かった〕〔テリオトーの元には〕〔還れなかったが〕〔安らかに看取られた〕 コ・レラがいつになく神妙な言葉遣いでサフランの言を補足する。 「君らは優しいのか、幼いのか……」 「幼くないったら!」〔そうだぞ!〕 サフランは反射的にそう言ったが、ほんのちょっと前まで幼かった時点で自分はまだまだ幼いのではないかと思う。 「あ。そういえば、もう一つ答えて欲しかったんだ」 「なんだい?」 「今暴れている造龍はなに?」 「……ハドレットのクローンだよ。あの子は後天的に転移能力を発現しているから、それで惑星間を転々としているんだ」 「どうして龍族を襲うの?」 「造龍にとって全ての生物は敵なんだ。……そう本能に植え付けている」 あえて植え付けられているではなく、そう表現したがサフランはそれには気づかない。 「殺さないと止められない?」 アキは頷いた。 「そっか……うん、わかった。って、あたしが討伐しにいくわけじゃないのに……」 「いや、もしかしたらこの近くに来ているかもしれない。覚悟をしておくに越した――」
「む。また緊急SOSだ」 「SOS?」 首を傾げるサフランだが、昔習ったことがあるような気がする。たしか救難信号だ。 「シップが墜落した際に周囲に発生させるものだよ。さっきの君のシップ墜落もこれで確認したんだ。……珍しいな。チームルームが墜落したのか。登録チームは(仮)……」 「(仮)!? それ、お姉だ!」 「ワレ造龍ニ襲ワレタシ。増援モトム……。どうにもまずい状況のようだ。この周囲に戦力になりそうなアークスなんて……」 「あたし、行く!」 「無茶を言うな。まだ君はレベルが不足しているだろう」 アキの言葉はもっともだ。レベル20、それもフォトン知覚の出来ないアークスなんて足を引っ張るだけかもしれない。 「でも……! でもぉ……!」 〔サフラン〕〔お前の部族が危機にあってるのか?〕〔なら力を貸そう!〕 「え……ひゃっ!?」 涙を貯めて訴えようとしていると、両の脚の隙間にコ・レラの頭部結晶が差し込まれた。そのまま持ち上げられる。 「おいおい、レラ君。そんなこと私にだってしてくれたことな……じゃなかった。どうする気だい?」 〔私がサフランの〕〔力になる!〕 高らかに叫んだ。アキは一人と一匹の姿を観察し、息をゆっくりとはいた。それは溜息ではない。 「ほう、ドラゴンライダーとはね。サフラン君、遠距離武器は何か持っているかい?」 「えっと、一応弓があるけど。……それより、レラはいいの?」 〔もちろん!〕〔初めて人を乗せたけど〕〔ちゃんと捕まってれば〕〔きっと大丈夫!〕 「ディーニアンの身体ではクォーツドラゴンに収まらないんだろうさ。人間じゃないと乗れないんだ。ああ、それから弓を撃つときは足をレラ君のエラに引っ掛けると良さそうだね」 サフランが落ち着いて足元を見れば、足を引っ掛けるのにおあつらえの突起がエラの内側にある。恐る恐る足を入れるとコ・レラはすこしくすぐったそうに身じろぎしたがすぐにどっしりとした動きに戻る。 「いや、レラに聞きたいのはそういうことじゃなくて、戦いになると思うんだけど、いいのかってことだけど……」 〔コ族は戦士!〕〔敵の龍が〕〔空と大地を冒しているなら〕〔戦いたい!〕〔でも私は半人前〕〔私もサフランがいてくれると〕〔少し楽になる〕 「そっか。ん。分かった。よろしくねレラ!」 頭をさすりあげる。コ・レラは気持ちよさそうに頭を揺らしたが、サフランはコ・レラがそう動くのが足腰から伝わる筋肉の収縮で予め分かった。 「じゃあ、サフラン君。これを首からかけたまえ。SOS信号の出ている方向が一目で分かる。望むならホロヴィジョンでマップを展開もできるよ」 「ありがとう、アキさん。それじゃ行ってきます!」 ほんの少し恐怖が増したが、自分が乗っているのがコ・レラだと思うと、怖いという気持ちは容易く霧散した。 「いくよっ!」〔いくぞー!〕 ドンッ! (避け、ないとっ……!) その時、コ・レラの尾が左に向かって振りぬかれた。 〔それー!!〕〔突っ込むよ!〕 山の頂を覆うようにして雲が漂っていた。コ・レラは迷わずそこに入り込む。おかげでサフランの視界は真っ白に染まった。 「そっか……安全なのか……」 〔お?〕〔ようやく喋ったな!〕〔気絶したんじゃないかと〕〔心配した!〕 「あはは。ごめんごめん。はじめてでびっくりしちゃった!」 笑っているうちに、雲を突き抜けた。 視界が開ける。そこには、アムドゥスキアの太陽が生み出す光のハロウと澄み切った青い空が広がっていた。 「わぁ……」 〔すごいだろう!〕 誇ったような声でコ・レラが言う。でもその価値はあるとサフランは思った。 (あれ?) サフランは感動と共に何かを掴んだような気がした。 だが、サフランはそれをすぐに戻した。 けれど、今必要とされている技能はフォトン知覚ではないのだ。 「レラ! もうちょっと右の方向向いて! そっちにお姉がいる!」 〔こっちだな!〕〔もっと飛ばすよ!〕 コ・レラはくるり、と胴を軸に回転。翼を折りたたむ。
|