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ファイル3:変革/Trans









龍族改造実験の話をするアキは、とても透明だ。
かつては悔恨の情もあっただろう。しかし、目の前でそれを聞いてきた少女はデューマンである。

アキにとって、デューマンは不可思議な存在だ。
デューマンが生まれた背景には【遺留物】の存在がある。
【遺留物】というのは龍族とダーカーの合成生物のような皮膚組織だ。
これをベースに人体改造を行ったのがデューマンである。

若かりし頃のアキは【遺留物】の存在を知らなかった。
【遺留物】の情報が当時の研究チームに流れてきたのは、ハドレットを造った後である。
【遺留物】を取り寄せ、見分して、アキはとても恐ろしくなった。あまりにもハドレットと酷似しているのだ。
DNAで言えば種ではなく、個人のレベルで酷似している。

一致率:99.9999999%

アキが変わったのはその時だ。
アキの個人的な知り合いにもデューマンはいた。
彼女の祖先を自分が造った? という疑問が合うたびに頭をよぎる。
以来、その知り合いを避けるようになった。

そして、個人的研究という名の贖罪をするようになった。
助手の監視を受け、いつ殺されるかも分からない中で自分にしかできないことを模索し続けた。
その状況にまるでストレスを感じない自分に疑問を持ったが、始末屋が目の前に現れた時に電撃のように理解した。

ああ、自分は殺されたいんだ、と。

結果的に、始末屋は自分を許した。
龍族のものにこれを話しても価値観が違いすぎて理解してくれなかった。
けれど、このデューマンの少女はどう思うのだろう。
アキが自らの気持ちを載せないよう極力注意しながら話し終えると、サフランは頷き、言った。


「アキさんってすごい人だったんだ!」

「は?」

「だって、あたしたちの元になったハドレットさんを生み出したんでしょ? すごいと思う。そりゃ暴走して殺されちゃったけど、アキさんその時にはいなかったでしょ?」

「それは、そうだが……」

「暴走だってわざとだし、ハドレットさんにも責任ないじゃん。悪いのはその研究所の上にいる人でしょ。その人が悪さしなければハドレットさんはちゃんと相方の女の子と幸せに生きれたと思う」

〔かの龍の最期は〕〔けして悪いものでは〕〔無かった〕〔テリオトーの元には〕〔還れなかったが〕〔安らかに看取られた〕

コ・レラがいつになく神妙な言葉遣いでサフランの言を補足する。
アキは戸惑うばかりだ。

「君らは優しいのか、幼いのか……」

「幼くないったら!」〔そうだぞ!〕

サフランは反射的にそう言ったが、ほんのちょっと前まで幼かった時点で自分はまだまだ幼いのではないかと思う。
そう気付けている自分に満足していた。
しかし、まだ話足りないことがある。

「あ。そういえば、もう一つ答えて欲しかったんだ」

「なんだい?」

「今暴れている造龍はなに?」

「……ハドレットのクローンだよ。あの子は後天的に転移能力を発現しているから、それで惑星間を転々としているんだ」

「どうして龍族を襲うの?」

「造龍にとって全ての生物は敵なんだ。……そう本能に植え付けている」

あえて植え付けられているではなく、そう表現したがサフランはそれには気づかない。

「殺さないと止められない?」

アキは頷いた。

「そっか……うん、わかった。って、あたしが討伐しにいくわけじゃないのに……」

「いや、もしかしたらこの近くに来ているかもしれない。覚悟をしておくに越した――」


ザザー! という大音量のノイズがアキの言葉を遮った。アキは即座に振り返り、手のひら大の箱のような装置を手に取る。

「む。また緊急SOSだ」

「SOS?」

首を傾げるサフランだが、昔習ったことがあるような気がする。たしか救難信号だ。

「シップが墜落した際に周囲に発生させるものだよ。さっきの君のシップ墜落もこれで確認したんだ。……珍しいな。チームルームが墜落したのか。登録チームは(仮)……」

「(仮)!? それ、お姉だ!」

「ワレ造龍ニ襲ワレタシ。増援モトム……。どうにもまずい状況のようだ。この周囲に戦力になりそうなアークスなんて……」

「あたし、行く!」

「無茶を言うな。まだ君はレベルが不足しているだろう」

アキの言葉はもっともだ。レベル20、それもフォトン知覚の出来ないアークスなんて足を引っ張るだけかもしれない。

「でも……! でもぉ……!」

〔サフラン〕〔お前の部族が危機にあってるのか?〕〔なら力を貸そう!〕

「え……ひゃっ!?」

涙を貯めて訴えようとしていると、両の脚の隙間にコ・レラの頭部結晶が差し込まれた。そのまま持ち上げられる。
サフランの身体はコ・レラの頭を転がり、肩に脚が引っかかりとまった。

「おいおい、レラ君。そんなこと私にだってしてくれたことな……じゃなかった。どうする気だい?」

〔私がサフランの〕〔力になる!〕

高らかに叫んだ。アキは一人と一匹の姿を観察し、息をゆっくりとはいた。それは溜息ではない。

「ほう、ドラゴンライダーとはね。サフラン君、遠距離武器は何か持っているかい?」

「えっと、一応弓があるけど。……それより、レラはいいの?」

〔もちろん!〕〔初めて人を乗せたけど〕〔ちゃんと捕まってれば〕〔きっと大丈夫!〕

「ディーニアンの身体ではクォーツドラゴンに収まらないんだろうさ。人間じゃないと乗れないんだ。ああ、それから弓を撃つときは足をレラ君のエラに引っ掛けると良さそうだね」

サフランが落ち着いて足元を見れば、足を引っ掛けるのにおあつらえの突起がエラの内側にある。恐る恐る足を入れるとコ・レラはすこしくすぐったそうに身じろぎしたがすぐにどっしりとした動きに戻る。

「いや、レラに聞きたいのはそういうことじゃなくて、戦いになると思うんだけど、いいのかってことだけど……」

〔コ族は戦士!〕〔敵の龍が〕〔空と大地を冒しているなら〕〔戦いたい!〕〔でも私は半人前〕〔私もサフランがいてくれると〕〔少し楽になる〕

「そっか。ん。分かった。よろしくねレラ!」

頭をさすりあげる。コ・レラは気持ちよさそうに頭を揺らしたが、サフランはコ・レラがそう動くのが足腰から伝わる筋肉の収縮で予め分かった。
上手くバランスを取るととても安定しているように感じる。
アキがSOSを発信した装置をサフランに投げ渡す。

「じゃあ、サフラン君。これを首からかけたまえ。SOS信号の出ている方向が一目で分かる。望むならホロヴィジョンでマップを展開もできるよ」

「ありがとう、アキさん。それじゃ行ってきます!」

軽く手をあげ、コ・レラの頭の突起を軽く掴んだ。
それを合図にしてコ・レラの身体が沈む。
サフランは、血液でも筋肉でもない、エネルギーの流れがコ・レラの中で尾部に収束しているのを感じた。

ほんの少し恐怖が増したが、自分が乗っているのがコ・レラだと思うと、怖いという気持ちは容易く霧散した。

「いくよっ!」〔いくぞー!〕

ドンッ!
弾丸のような加速がサフランを襲う。
しかし、不思議と風圧はない。頭部にある結晶体が空力を操る力場を展開しているのだ。
だが、感心している暇はない。
前には火山の崖が迫っていた。高速でぶつかりそうになる。

(避け、ないとっ……!)

その時、コ・レラの尾が左に向かって振りぬかれた。
滑るように尾部が左にずれる。コ・レラはゆるやかなカーブを描いて上昇をする。
火山の斜面に沿うようにして飛ぶ。なだらかな斜面を滑り落ちるのと逆だ。山をカタパルトに見立てて上昇していく。
サフランの目には赤茶けゴツゴツした地面がコ・レラのすぐ下を潜っているように見える。

〔それー!!〕〔突っ込むよ!〕

山の頂を覆うようにして雲が漂っていた。コ・レラは迷わずそこに入り込む。おかげでサフランの視界は真っ白に染まった。
たしかこの白い雲は火山ガスが滞留したものではなかったか。
片腕を上げて口元を抑えるべきかとサフランは思ったが、コ・レラの角が雲を綺麗に引き裂いていくのを見て留まった。

「そっか……安全なのか……」

〔お?〕〔ようやく喋ったな!〕〔気絶したんじゃないかと〕〔心配した!〕

「あはは。ごめんごめん。はじめてでびっくりしちゃった!」

笑っているうちに、雲を突き抜けた。

視界が開ける。そこには、アムドゥスキアの太陽が生み出す光のハロウと澄み切った青い空が広がっていた。
点々と見える緑の影は空に浮かぶ浮遊大陸だろう。いや、編隊飛行をする小型龍族も無数にいる。

「わぁ……」

〔すごいだろう!〕

誇ったような声でコ・レラが言う。でもその価値はあるとサフランは思った。
キャンプシップで墜落しているときは気づかなかったが、この星はこんなにも綺麗なのだと。

(あれ?)

サフランは感動と共に何かを掴んだような気がした。
今、自分はコ・レラと共に空を飛んでいる。脚を通してコ・レラの息遣いを感じ、周囲に目を向ければどこまでも広がる世界があった。
意識を集中する。視界が後方にずれるようにして、全体視ができる。ビハインドビュー。フォトン知覚。

だが、サフランはそれをすぐに戻した。
フォトン知覚が出来るようになったことは素直に嬉しい。コ・レラに後で感謝しなければならない。

けれど、今必要とされている技能はフォトン知覚ではないのだ。
今のサフランは一人のアークスではない。コ・レラに跨ったドラゴンライダーだ。
脚を通してコ・レラの息遣いを感じ、同調しなければ振り落とされてしまうじゃないか。

「レラ! もうちょっと右の方向向いて! そっちにお姉がいる!」

〔こっちだな!〕〔もっと飛ばすよ!〕

コ・レラはくるり、と胴を軸に回転。翼を折りたたむ。
鏃のようにコンパクトになった彼女の推力が一点に凝縮される。さらに加速。
一人と一匹は一筋の青い流星となり飛翔した。

 

 

 

 

 

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