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ファイル3:変革/Trans









「グ……、みんな無事かい……?」

肺から絞り出すようにしてなんとか声を出した。口の中で鉄の味がしている。内臓系はやられていないから、口内を切っただけだろう。
霞む目を開けると、チームルームは凄惨たる状況だった。床が30度ほど斜めになり、非常警告灯が赤く船内を照らしている。

後部ハッチは開きっぱなしだが、運よく造龍の一撃を逃れたらしい。ゆっくりと閉まるべく稼働をしている。
オタさんの姿が見えなかったが、よく観察すると安全帯に噛ませたワイヤーが彼を繋ぎとめていたようだ。
閉まりかけのハッチが閉まっていないのは、異物……そのワイヤーを感知しているためだった。オタさんは(仮)号に繋がれたまま宙吊りになっている。

「状況を説明しようかリバー?」

「ゼンチか……頼む」

「まず、君が意識を失っていたのは20秒ほど。幸運なことに(仮)号はまだ飛んでいる。造龍が破壊したのは船体底面の右舷半重力装置だ。なんで落下しないのか、というのは……」

ゼンチが向いた方向を見ると、意外にもカウンター内にトゥリアが立っていた。

「……くぬぬぬぬ……っ!」

カウンターの内側にあるレバーのようなものを両手で思いっきり引っ張っている。

「とまあ、あのように船を無理やり制御してくれている」

「造龍は?」

「彼なら奈落に落ちていったが……死ぬことはないな。あれは移動速度こそ遅いが、空を飛ぶこともできる。むしろ、次来るときは転移してやってくるだろう」

転移能力とは厄介だ。どうやら、倒すまで安心できないようだ。しかし、僕らはそもそもハドレットに用があったのではなかったか。

「もう一つ。あいつはハドレットのクローンか? なんとか救うことは出来ないか?」

「二つじゃないか。……まず、クローンかどうかは僕は知らない。コンセプトは研究室から上がってきたが、実際に弄りまわす前に僕は保存されたからね。救出方法なんて見当もつかない」

恐らく殺すしかないのだろう。戦いは避けられず、手加減をする余裕もなかった。


船内を見渡すと、チャコさん、つくね、赤虎、枯葉さんが次々と意識を取り戻し、起き上がっている。僕の体力もゼンチと話しているうちに快方に向かっていた。
しかし、こうして見ると誰かが足りない。

「……おい、ゼンチ。エミナさんは?」

「エミーナ嬢ならばオタ少年と一緒に落下したが?」

「早く言えよ!?」

チームルームで誰かがいなくなると良くないことが起こる。そんなジンクスが出来つつあった。
急いで後部ハッチに駆け寄る。
ワイヤーを片手で持ってハッチの隙間からのぞき込むと、宙ぶらりんのオタさんとオタさんの足首を掴んでいるエミナさんがいた。
二人とも風に流されている。オタさんの顔は苦悶に歪んでいた。

「カタハバー! 足締め付け過ぎで痛えよ!? それに重てえ!」

「ゴ、ゴメンよぉ」

どうやらエミナさんは咄嗟にオタさんの足を掴んだらしい。オタさんもその痛みで気絶しなかったようだ。

「おーい! 二人とも、今引っ張り上げるからちょっとまってて!」

「ごろーちゃんか! すまねえ出来るだけ早く頼む!」

ごろちゃんもゴメンねー、というエミナさんの声を聞きながら、ワイヤーが繋がれたウィンチを稼働させる。
モーター音が鳴り響き、ワイヤーがゆっくりと巻き戻されていく。


その時、赤虎が僕の方に駆け寄ってきて叫んだ。

「ごろーさん、やばい! ダーカーっぽい妙な反応が出てる。またアイツが出てくるぞ!」

ここはまだ高空だ。浮遊大陸の大地がまだ200mは下に見える。
ぴしり、と空間に亀裂が入った。ガラスをぶち破るようにして現れる造龍。
器用なことに奴は疾走しながら転移をしてきた。フリスビーを追いかける犬のように(仮)号の真下を併走する。

しかし、まだ奴の爪も牙もギリギリ届かない。
造龍から逃げるのであれば上昇するなり、速度を上げて撒くなり、この大陸から離ればいいのだが。

「……ん……! んん……! 高度が……安定しない……!」

どうやら、無理そうだ。むしろ速度は緩み、ゆっくりと下降していく。方向転換なんてしようものならバランスを崩すに違いない。

ワイヤーの先では、オタさんをよじ登ってエミナさんがワイヤーを掴んでいる。
一方のオタさんはフレイムバレットを構え、狙いを定めている。

「クソっ、特製のクラスターバレットでも食らってろ!」

ガシュンッ、という独特の音と共にその特殊弾は発射された。
放物線を描いて投下されるそれは、造龍の上空で爆散/分裂。無数の焼夷弾と化して龍に降りそそいだ。混合されると燃焼する薬品が龍の肌を焼く。
しかし、造龍はそれに痛みを感じたようだが、より怒りを増大しただけらしい。

〔RUOOOOOOON!〕

「チッ、あんま効いてないっぽいな……」

「どうしよう……!」

エミナさんは悔しそうに歯噛みしている。
アークスは、地面の上以外での戦いや特殊な状況下での戦闘には向いていない。
特に近接戦闘を補助するPAは身体全体を用いるためにまるで融通が利かないのだ。
片手でワイヤーを持ちながらPAを発動する、などということはできない。
オタさんのクラスターバレットにしたって、弾倉に弾薬を込めて発射するだけ。
しかも、安全帯で体を繋げているだけで四肢を封じているわけではない。融通が利いているだけなのだ。
この状況でまともに戦闘のできる人間は多くはない。

ごくり、と唾を飲み込む。それに気付いたのはゼンチだけだ。

「君、何を考えてる? まさか……」

「そのまさかだ。(仮)号が無事に着陸して皆が戦える状態になるまで僕が奴を引き付ける」

思考トリガー。
ビハインドビュー。
ハッチに片足をかける。

「待たんか、リバー!」

振り返ればつくねがいた。手にはロッドを持っている。
彼女の頭上にAR表示されるデータを認識すると、クラスはFo/Teとなっている。今日はガンナーではないようだ。

「いくんじゃろ? わしも援護するぞ!」

そう言って、シフタとデバンドを掛けてくれる。僕は身体が強化されるのを感じた。

「助かる。でも、奴に攻撃はしないでくれ。(仮)号に奴の注意が向くとまずい」

「ぬう、わかったのじゃ……」

一度だけ頷いて、僕はハッチから飛び降りた。

落ちる。

吹き付ける風が気持ちいい。
オタさんとエミナさんが目を見開いて何かを叫んでいる。

目下では造龍が顎を開いて待ち構えていた。僕を食らうつもりらしい。

誰が食われてたまるか。
身体を捻り、足を下に向ける。
両の脚にロゼフロッツ/リヒトをマウント。滑るようにして宙に浮かび、閉じられる牙の間を間一髪すり抜ける。

「シッ!」

がら空きの顎にストライクガストを当てた。
が、脳を揺らしてダウンさせる、などという都合のいいことは出来ないようだ。
ぎょろり、と目がこちらに向いた。爬虫類特有の縦長の瞳孔が細められる。

「こいよ……!」

空でファイティングポーズを取り、僕もガンを飛ばした。ここで無視されれば飛び降りた意味がなくなってしまう。

〔GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!〕

至近距離の咆哮が僕の身体を打つ。挑発は成功のようだ。
あとは、一対一の状況を維持し、出来るだけ時間を稼ぐだけ――。

その時、悪寒が走った。

咄嗟の回避行動を取る。空中で斜め後方にステップすると、そこを半虫半人の怪物:エル・アーダが突進してきた。

「リバー! あいつには【呼び声】があることを忘れたのか!」

さっきの咆哮か。気づけば、周りには無数のダーカーが展開されていた。

造龍は僕の顔を見て、にやり、と笑った。
骨と皮だけの龍の癖にそれがハッキリと分かる。
だが、僕をダーカーに任せて無視する気はないらしい。
ダーカーに囲まれた僕に、造龍は容赦なく爪を振り降ろそうとする。

誰がただで死んでやるかと思った。
ジェットブーツのPAは衝撃で止まることなく強制的に体を行使するものもあるのだ。
せめて、あいつに傷を与えてから倒れてやる、僕はそう覚悟した。

しかし、その爪が到達する前に、僕の視界の端を何かが掠めた。
直後、造龍の首から肩にかけて無数の矢が突き刺さる。
痛痒に顔を歪ませる造龍。

なんだ、なにが起こった?

矢といえばBr:ブレイバーだ。(仮)号にいたBrは二人。エミナさんと赤虎?
しかし、(仮)号はすでに遠くに移動している。二人がどうやって、あの距離から攻撃できるというのか。

気が付けば、僕の周りのダーカーも絶命している。
死骸には、青白い結晶が突き刺さっていた。これは見覚えがある。クォーツドラゴンが発射する誘導結晶体だ。

そして、僕は見た。
きぃん、という風切り音と共に空を飛翔するクォーツドラゴンと、それに跨る少女を。

 

 

 

 

 

 

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