「ただいま。あぁ、疲れたぁ」
「お帰り、ウィル兄。そういえばイフ姉から聞いたわよ。また教室でノモンのお兄ちゃんが爆発させたんだって?」
「あぁ、アムさん。それは言っちゃいけないって…」
玄関を開けて帰ってきたウィルに、忙しそうに歩き回る2人分の足音と声とが出迎えた。
キッチンへ行くと背の高い淡い藤色の髪をショートボブにした女性と、小柄な青紫のショートカットの髪を持つ少女が夕飯の準備をしている。
背の高い方は一見すると人間のようだが、彼女はアンドロイドだ。しかもれっきとした戦闘用「レイキャシール」に分類される。
名前はイー・フリーナ。
とあるところからウィル達の生まれる前に彼らの両親が引き取ってきた、あらゆる意味で史上最強のお手伝いさんである。引き取られてきた経緯を書こうとするとここでは紙面が足らないため、またの機会に語ることにしよう。
もう一方の小柄な方は彼の妹で、名をアムと言う。テクニックと呼ばれる科学魔法の適性検査を終え、晴れてフォマールの道を歩み始めた。これには兄であるウィルが、早くからハンターとして活躍していた事にも関係するようだ。
「勘弁してくれよイフィ〜…」
「す、すいませんウィル様…」
「俺より年上なんだから様はいらないって言ったの何度目だっけ?」
「あうぅ…ごめんなさい…」
ジト目のウィルに長身を縮みこませて謝るイー・フリーナ。
なんだか滑稽な光景ではある。
「まぁ、過ぎた事は仕方ないし。お腹が減ったしご飯にしよう!」
「うん、そーしようか」
「…これで貸し1だからね♪」
「アムも悪いんだからそーいったのは無しだぞ」
「「あうぅ…」」
そして食後。
「ウィルさん、お茶いります?」
「あぁ、お願いするよ」
「ウィル兄さぁ、最近忙しいよね?」
イー・フリーナがお茶をいれているのをぼぉっと見ながら、アムが呟いた。
「まぁね。
そろそろ大学も卒業研究の時期だからね〜。あんときゃ俺も辛かったわな、うんうん」
「プッ、アハハッ何よそれぇ〜」
妙にコミカルに言うウィルに、その動作が壷にハマッたか、笑い転げるアム。
「そうですね。私も良くウィルさんに協力してましたし」
「あ、お茶ありがとイフ姉…あー、お腹が苦しかった…」
「そうそう。あの時イフィがいなかったら絶対間に合わなかったなぁ」
「どういうこと?」
「いやさ。論文の提出の前日に端末が壊れちゃってね。イフィが端末の代わりに計算してくれたんだ。
無理しちゃってさ、オーバーヒート寸前まで行っちゃって。あの時はびっくりしたよ」
「あはは。つい計算に夢中になっちゃいまして…」
「イフ姉ってやっぱりすごいんだぁ…」
照れて頬を染める彼女。
次の瞬間その表情が少し曇る。
「?」
二人がその視線の先を追うと、机の上に出ていたホロテレビのニュースだった。
そこでは女性アナがニューマンやアンドロイドの人権問題に関連した事件があったことを読み上げている。
人為的に創り出された人工生命体・ニューマンやアンドロイド達は当初は奴隷的な扱いしかされなかった。
つい百数十年前にやっと基本的な人権が確立されたとはいえ、今だ一部の頭の硬いヒューマンの差別意識から人権問題が絶えないのだ。
「はふぅ…。なんでみんな仲良く暮らせないんでしょうね?」
「ほんとだよね。イフ姉だって一緒にいるとこんなに楽しいのに」
「ありがとう、アムさん。そう言ってもらえると嬉しいわ」
「やれやれ…。同じ"意志持つ者"なんだから同一レベルで考えればいいのにな…っと、おや。メールか?」
ウィルの左腕に装着されている超小型端末にメール着信のランプが点灯している。
ハンターズに登録されている者であれば誰しも持っている機器である。
「送付元は…ハンターズ統合管理部?しかもセキュリティレベルE限定、か。厄介事かもな…」
この時代、通常の軍や警察のほかにその中間的存在として「ハンターズギルド」というものがある。
登録された者たちは軍が出るまでも無いが警察が対処するにはやや力不足な場面において出動したりする、言わば民間警察のような組織である。
実力主義な為、ヒューマンだろうとニューマンだろうとアンドロイドであろうと関係なしに門戸が開かれている数少ない、そして華々しい職業のひとつだが、それゆえ危険な任務に就く事も多く、軍の露払い的に使われる事も度々ある。
以前トップハンターの一人である"レッドリング"リコ・タイレル女史が現状を批判して社会的に大きく取り上げられた事もあった。
それはともかく、通常こういった事件などが起こった時は各ギルド支部に登録されている常駐ハンター達で解決する事が多いのだが、それでも足りない場合はウィルのような登録はしているが常駐していない、言わば流れのハンター達にも連絡が行くようになっている。
更に今回はセキュリティレベルが非常に高い、つまりハンターギルド関係者内部でごく内密に処理せねばならない事態のようだ。
「で、Lvの高い連中を募ってるわけか…。しかし、何かヤな予感がするな…」
文面を一通り読み終わり、ウィルは一人ごちた。
《とある組織に誘拐されたエミーナ・ウルクスという人物の救出、並びに最近周辺地域にて狂暴化している動物の実態調査》
ニューマン特有の長い耳が特徴的な少女の顔写真と、簡単なプロフィール、そして組織の本部があると思われる地図、更に周辺地域に生息する生物などのデータが簡潔に記載されている。
彼の中で、何かが引っかかった。
「…そうか。文面が簡潔過ぎるのか」
ふと思い当たる。
こういった事態であれば被害者のもっと詳細なプロフィールを公開したり、相手の戦力や位置等もかなり詳しいところまで表示されるはずである。ハンターズギルドは一種の"治外法権"だ。そのぐらいの情報ならば朝飯前で収集できる。
しかし、この画面を見ると殆どの情報が「不明」で、実際のところ分かるのは彼女の名前と身体的特徴、画像の荒い衛星写真と思われる画像に大まかな組織の位置がつけられているだけだ。
これが意味するのは意図的に情報を秘匿しているのか、それとも表示するだけの情報がないのか…。
「ずいぶんと簡単な情報ですね…?」
「ん、あぁ。そうだね。ギルドらしくない」
イー・フリーナの声に現実に引き戻されたウィルは、そう言って大きく息を吐いた。
「行くんですか?」
「!」
心を見透かされたような感覚に、一瞬どきりとするウィル。
彼女はただ、穏やかな笑みを浮かべるだけだ。
「こんな怪しい匂いがプンプンする依頼、受けるはずがない…と言いたい所なんだけど…。
どーにも気になるところがあってね…」
「ウィル兄…やめた方がいいよ。私も、すごく嫌な予感がするの」
不安げに、アムが呟く。
「私もアムさんに賛成です。
私はアンドロイドですから…人間の皆さんのような"直感"というものはありませんけど…。
でも、危険だとは思います。
……最も、ウィルさんだったらきっと止めても行っちゃうんでしょうけどね」
苦笑してイー・フリーナも言った。
「むぅ…。思いきり痛いところを突いてくるなぁ。…確かに俺も危険だとは思う。
二人の気持ちは良く理解してるつもりだよ。
でも…いまやっておかないと、なんだか後でひどく後悔しそうでね」
何故だか分からないけどねと付け加え、苦笑するウィル。
それを聞いて揃って肩をすくめる女性2人。
「そこまで言うんじゃ止めても無駄だよね?イフ姉」
「ふぅ。そうですねぇ」
やれやれといった表情でため息をつく。
「……。もしかしてついてくるつもりかい、2人とも?」
「うん」
「はい」
一瞬、押し黙るウィル。
「……今回は、かなり厳しいと思う。
最悪、死ぬ可能性だって否定できないんだ。悪いけど…」
「ウィル兄だけ危険な目に合わせて、私達だけ安全なところにいるなんて嫌だよ…。私だって、ハンターズの一員なんだからっ!」
「そうです。水臭いですよウィルさん。私の本職を、お忘れですか?」
「いや、しかしだな…」
「私、ウィル兄がなんと言っても行くからね!」
「…私もこの間入手したアンティークモデルの試射をしてみたいですし…」
好き勝手に言っているような言葉。
だが、ウィルには2人が自分の事を心配しているのが痛いほど分かっていた。
「…アム…イフィ……おまえ達ってやつは……。
分かったよ。一緒に行こう。その代わり、単独行動は禁止だからな」
苦笑いしつつ、遂にウィルが折れた。
彼にとっては珍しい事である。それだけ厳しいと踏んで仲間が多い方がいいと思ったのか。
にっこりと微笑む彼女達を見て、何とはなしに背筋に寒いものを感じるウィルだった。
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