第三夜...「潜入」
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トラックの荷台のカバーの一部が捲れ、中身の箱が見えている。
近寄ってよく見ると、有機プラスティック製のその箱には取り扱いに注意を要する薬品であることを示すマークと共に、YrE-504の標記があった。
別名"アナザ・ドライブ"。数年前、危険すぎると批判され話題になった薬だ。
強力な鎮痛作用があるが、副作用として幻聴や幻覚作用を起こす等、中毒性も高いことから病院などで使われたのはほんの僅かで、そのほとんどが暗黒街に流れたと噂されている。
そんな危険な薬がいつまでも製造されるはずが無く、すぐに販売中止、回収の憂き目にあった。
が、ここにあるYrE-504の日付刻印は今年に入ってからのものだ。どこかで極秘裏に製造が続けられているらしい。

「なぜこんな物がここに?……まさかっ!!
 ……やっぱり、そうなのか?」

その意味に気付き、一瞬、本当に一瞬だが、ウィルの表情が怒りに染まる。
秘境の森での一件。死を恐れない人工の怪物達。
その技術を人体にフィードバックしていたとしたら?それが生体兵器として大量生産されていたとしたら?
惑星国家同士のパワーバランスが崩れるという懸念もある。だが、それだけではない。
百数十年前からなんとか対等関係を保ってきたヒューマンとニューマン。
それが再び前世紀のような主人と奴隷の関係に戻ってしまうかもしれない。
考え過ぎかもしれない。だからといってこれは手放しに放っておける問題でもなかった。
どのみちこんな危険な技術はどこかで抑制しなければ、暴走し、制御できなくなり…やがて訪れるのは破滅だけだ。
ふと彼の脳裏に、ひとりの女性が浮かび上がった。
以前、とある仕事で一緒に組んだニューマンの女ハンター。
白い服装に新緑を思わせる淡い翠色の髪の陽気な彼女は、ウィルより年若いにも関わらず、当時いろいろな意味で息詰まっていた彼を励まし、元気づけてくれた。
彼女や、その仲間達とは今でも連絡をたまに取り合っている。皆気のいい連中だ。
この技術は、そんな彼ら、彼女らの生活をも押し潰してしまいかねない。
別に英雄を気取りたいとか、恩を売りたいなどというわけではない。
身近な仲間を守りたい。時に苦しく、時に楽しいこの生活を続けていきたい。
ささやかな幸せのために。ただ、それだけなのだ。
しかし、こんな大それた事、自分に止められるのだろうか……?

「ウィル兄?」
「ん?どした?」

アムがいつの間にか、心配そうに彼を見上げていた。

「うん、随分怖い顔してたから。何か心配事?」
「あ、あぁ。大丈夫だよ、心配するな」

カバーを強引に戻し、そう言って誤魔化すが、恐らくアムは解っているだろう。
この事件に関して彼が苛立ち、その上で恐れていることに。

「うん、ごめんね」

ウィルを気遣うように微笑むアム。
なにしろ長いつき合いだ、やっぱりもろバレだなぁ…とウィルは内心苦笑する。
そうだ。ひとりで悩んでも始まらない。
幸い、ここには現時点で望みうる限りのメンバーが揃っている。
大丈夫だ。
まだ、遅くはない。後悔したくないから、ここに来たのだから。

「ありがとう、アム。
 お前の一言で前に進む勇気が出たよ。悪かったな、余計な心配掛けて」
「…良かった、ウィル兄が元気になって」

曖昧な笑みを浮かべるアムの頭を撫で。
ぱぁん、と両の手で自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。

「っしゃ、行くぞっ!!」
「「「「おうっ!!」」」」

ボタンを操作し、エレベータは下へと下降を始めた。





 
 

第三夜...「潜入」
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