第三夜...「潜入」
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『イプシロン、反応ロスト!所在位置特定できません!
 恐らくローゲイン状態かと思われますが、本日2回目ですね。このまま捕獲出来ずにYrE-504の摂取が遅れ、
 発作が続けば間違いなく使い物にならなくなりますよ、博士』
「ふん、所詮は失敗作だ。中途半端に意識が残ったおかげで不安定極まりない。
 これほど行動に様々な制限を受けるようでは兵器とは呼べん」

高速直通エレベータを使ってたっぷり2分。
最下層、地下150階のバイオプラントについた途端にコントロール・ルームから呼び出しを受け、オペレータの報告を聞いた眼鏡の男が、苦虫を噛み潰したかのような表情で言った。

「威力はあれど、不安定では使い物にならん。
 イプシロンの研究は中止し、廃棄してミューで実験を続行するべきかもしれんな……」

男の意外な言葉に、オペレータが驚いた顔をした。

『しかしオプト博士。"神降し"時の適性が一番高かったのはイプシロンです。
 暴走したとはいえ現時点で唯一稼働している"ゲノムチューニング"のテストサンプルなんですから、
 ここで廃棄するのは得策ではないと思いますが?』
「……冗談だ。
 いくら不安定でもイプシロンのデータを元に商品にせねば、我々も、組織も共倒れだ。
 それを押し通せるほど私の発言力は高くないからな…未完成のまま送り出すのは科学者として悲しい限りだが。
 ……イプシロンに関しては最終ロスト位置から現在位置を推測、可及的速やかに捕獲しろ」

皮肉な笑みを浮かべ、眼鏡の白衣を纏った初老の男――オプト・グラッハルが低く笑う。
それを見てオペレータ――驚いた事に、女性だった――は安心したようだった。
大抵の人間はこの表情で恐れをなすというのに。

『"生命科学とシャーマニズムの融合"は博士が提案されたプロジェクトでしたね。
 私も初めは半信半疑でしたが……』
「無駄口はこれくらいにして、侵入者の排除・捕獲、及びイプシロンの捕獲を続行しろ」
『は。了解しました』

ノイズが途切れると同時に無音で、画面が掻き消える。

「ふん。通信回線では傍受される可能性があることを知らないではないだろうに……」

言いつつ、彼は部屋の中央に歩いていく。
そこにはベッドのような大型の培養槽が数台設置されていた。
その中の一つの前でオプトは立ち止まる。
その培養槽の中に、少女が1人、全裸で浮いていた。彼女もニューマンのようだ。
髪の色や虚ろに開いた蒼い瞳を含め、どことなくイプシロン…エミーナと呼称されている少女の雰囲気に似ている。
彼女が、ミュー…ティアナだろうか?

「いくらゲノムチューニングを行ったとはいえ、"神降し"適性や遺伝子の陽性・陰性まで異なってくるとはな。
 あくまで私に反抗したいなら、するがいい。その都度私は貴様らを捕獲し、絶対服従させてやる。
 今度はロボトミー手術でも行わんとな……。
 学会の奴らも、私を追い出したことを存分に後悔させてやるよ……クククッ」

世紀のマッドサイエンティストが高笑いをあげる。
その傍らの培養液のベッドの中で、少女が小さく身じろぎした。



 
 

第三夜...「潜入」
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