「さてと。
いつまでもこんな所に留まってる暇もないし。行けるところまで行ってみっか?」
しかし、行き止まりは比較的すぐに到達してしまった。
今までよりも厳重なセキュリティシステムが稼働しているらしく、通路を塞ぐように隔壁が降りていたのだ。
まるで「ここからが本番だ」と宣言するかのように。
「……うわぁ、色々走り回ってるのが聞こえますね……むぅ…軍用"アメンボ"ですかぁ」
頭部の汎用レーダを展開し、情報収集していたイー・フリーナが顔をしかめつつ言った。
"アメンボ"。
本来の意味は既に失われて久しいが、現在では4脚型の小型ガードロボットの通称として使われている。
全長2m足らず、全高も0.8m程だが、小型なわりに装備する火器は強力な物が多く、標準装備でついてくるスタンガンは以外と殺傷能力が高い。
移動は脚部の球面タイヤによって行われ、地面を滑るように走るところからこの名前が付いたらしい。
動力は超伝導電池、地磁気併用のリニアモータ駆動で、一回の充電で丸1日は稼働できる。
今のところ企業複合体数社によって細かな仕様の異なる、数タイプの"アメンボ"が一般向け警備用に発表されているが、ここにいるのはさらに強化された軍用タイプのようだ。
「ふむ、とりあえず敵さんの戦力も把握しておかないと。イフィ、さっきのデータでどこまで分かる?」
「そうですねぇ。陣容はほぼ確認できます。
さっき出てきたレイキャストタイプとか、ヒューキャストタイプ…。
"アメンボ"強化版に、ガンカメラ、地雷に、おまけに試作型の迎撃装置まであるようです」
手元に表示させた仮想ウインドウを見て、ウィルに向き直るイー・フリーナ。
心なしか嬉しそうに見える。
「……うふふ……うふふふふふふふ………相手にとって不足なしっ……!」
右腰のヤスミノコフ2000Hをぐっと引き抜き、怪しげな笑みを浮かべてほお擦りしてたりする辺りがちょっとアブナイ。
「おいおい……大丈夫なのかよ?」
「あ、大丈夫大丈夫。たまにイフ姉ってあーいう風になるから」
あっけらかんとしたアムの言葉に、呆れを通り越して恐れさえ抱くシーガル。
『な、慣れって恐ろしい……』
「ふぅ。
アム、おまえも確かHinux(ハイナックス:この時代の制御OSの一種)って使えたよな?」
「うん」
「ほれ」
言って、ウィルはサングラスのような物をアムに投げてよこした。
「これ使って隔壁をあける準備をしておいてくれ。もう少ししたらイフィも元に戻るはずだから。
俺はセキュリティ強制停止の方を探ってみるよ」
「はいはい、了解」
「へぇ、アムちゃんてコンピュータもいじれるのか…凄いな」
「さっきも言いましたけど。褒めても何も出ませんよ、ソーマさん」
サングラス状の物――超軽量型HMC(ヘッドマウントコンピュータ)をかけ、仮想キーボードを叩いていたアムがソーマに振り向いた。しかし手は休んでいない。
「いやいや、そんなことないって」
「私…戦闘技術もテクニックも皆さんに及ばないですけど……。
こういった類はイフ姉にいっつも教えてもらってるおかげで得意なんです」
「なるほど……」
コンピュータの何たるかを良く知っているイー・フリーナが教えているのであれば、間違いはないだろう。
良い先生が近くにいた物である。
楽しげにキーボードをタイプするアムを見て、ソーマはコンピュータやってみようかな……なんて思ったりする。
もちろんそれはアムとの話題作りの為なのは、最早お約束の境地となりつつあった。
そんなこんなで、じりじりと30分が過ぎていく。
「聞いてくれ――。
どうやら幸いにして敵さんの数は大したことないようだが、何せ一発の攻撃力がでかい。
俺とイフィでかなり黙らせたが、まだまだ残ってるはずだ。
それに途中での回復はほとんど出来ないだろう。各員戦闘は可能な限り避けて、最低限の反撃に留めること。
俺もそうだが、イフィ、シーガル。やりすぎるなよ。B100Fのコントロール・ルーム、および最下層B150Fのプラント占拠が目的だ。
保護対象はエミーナ・ウルクスとティアナ・サグナスって娘さん2人だ。ソーマ、可愛いからって襲うなよ!
前衛はシーガルとイフィ、後衛は俺が警戒に当たる。アムとソーマはテク担当だが、調子に乗って使いすぎないように。
最後に。イフィが解析してくれた地図データ、メールで送っといたから。迷子になったらそれで帰ってくるように」
「「「「了解っっっっっ!!!!」」」」
隔壁がゆっくりと開いていく。
通路の奥は、今まで通ってきた通路よりも遙かに薄暗い。
そこかしこで非常事態を告げる赤ランプが点滅していた。
まるで怪物が大口を開いて待ってるみたい……。
ふと、そんな考えがよぎり、アムはバトルバージを両手でぎゅっと握り、身を震わせた。
いっちょ暴れたろうか!
シーガルは大きく伸びをしてから背中のギガッシュに手を掛ける。
アムちゃんにいいところ見せて、今度こそ君のハートは俺の物さ。
内心は相変わらずのソーマだが、目を閉じて精神統一。外見はまともに見えた。
久しぶりに、大暴れできそうですね。
微笑みを浮かべ、イー・フリーナは両手でヤスミノコフを握りしめて既に臨戦態勢。
ここまで来たら、後はやるだけだっ!
ウィルは全身に力を込め、ラストサバイバーを一振りする。
虹色の軌跡を残しながら、剣先はぴたりと開ききった隔壁の先、通路の奥を指した。
「っしゃ、一気に突っ走るぞ!総員突撃っっ!!!」
後に「D事変」と呼ばれ、闇に葬られたこの事件。
彼ら5人の長い夜は、まだ始まったばかりだった……。
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