「…やっパり、ちょット無茶しスぎマシたか……」
皆を送り出すため、笑顔を浮かべたイー・フリーナではあったが、やはり連続高負荷を掛ければ体のあちこちに歪みが出る。
隠していたが先程の無茶で彼女の脚部駆動系は、ほとんど一人で歩けない程深刻なダメージを負ってしまっていた。
既に右腕は使いものにならず、残った右足と左腕も各部関節が悲鳴をあげ続けている。
スペックパワー以上の力を絞り出すため、本来予備用の燃料電池も総動員してしまったので電力残量自体も心許ない。
腕と足の構造限界から圧壊するのが先か、電力不足でシステムダウンするのが先か……。
どちらにしろこのままでは隔壁に潰されてしまうのは時間の問題だった。
「ごメン…なサ…い…皆…さン……。私…約束……守レナい…かも…知れマせん……」
「まだ諦めるのははやいぜ、お嬢さん?」
「えっっ?!」
「だぁりゃあぁぁあっっ!!!」
気合い一閃、隔壁に大きな亀裂が幾つも入り、崩れる。
満足な受け身も取れずに、イー・フリーナは床に投げ出された。
「…あっ……うゥっ…」
「怪我はないか?」
いきなり高負荷の状態から解放された為、機体内部の電圧が一時的に下がりシステムダウンしかかるが、何とかそれを堪えて唯一まともに駆動する首をもたげ、彼女は自分を助けた者の姿を見た。
筋骨逞しい、それでいて細身のフォルムを持つ濃紺のヒューキャストだ。どうやら手に持つスライサーで壁をぶったぎったらしい。
「ア、あナたハ…?」
「荒っぽい助け方で済まぬ。俺は震電、見てのとおりヒューキャストだ。君は?」
「わ、ワタし…ハ……」
やっとの事で声を絞り出す。
「私は…レイキャシールのイー・フリーナと申します。
危ないところをありがとうございました……」
「いや、女性が困っているところを見ると放っておけないのでな…」
言いかけ、シンデンは言葉を止めた。
「…どうかなさいましたか?」
イー・フリーナの問いかけにも彼は答えない。
見ると彼女のフェイスマスクが倒れたショックで完全に外れ、ニューマンのような繊細な少女の素顔が現れていた。
どうも見惚れていたらしい。
「……いや。美人だ、と思ってな」
「……あ、ありがとうございますぅ」
言って、ふいと視線を逸らすシンデンと照れて頬を染めるイー・フリーナ。
なんだか良い雰囲気だ。
「さ、こんな所にいても仕方あるまい。脱出するぞ」
「えぇ、そうしたいのは山々なんですが……いかんせん身体が動いてくれないんです。さっき、かなり無茶してしまったもので……。よろしければ、手を貸してくれませんか?」
「気づかなくてすまん。掴まれ」
軽々とイー・フリーナの身体を持ち上げ、背中に担ぎ上げるシンデン。
「よければ、俺からの頼みも聞いてはくれまいか?」
「私にできることであれば……」
「実は俺も先の戦闘でメインの視覚センサーをやられている。対象に近づかないと殆ど目が見えない」
確かに、シンデンの顔を見ると左側のセンサーはつぶれ、右側も見えている状態とは言いがたい損傷を受けていた。
「えっ?!だって、さっきは……」
「なんということはない。相手の"気"さえ感じ取れればそこを避けて攻撃することも、その逆も可能だ。
兄者のライデンから聞いたが、俺はそういった"特殊な機能"が備わっているらしい。
だが、この先君を救助した上で帰還するとなるとそれだけでは心許ない。
君の視覚センサーは幸いまだ正常のようだ。できれば……その…視覚センサーの回路を共有させてくれまいか」
「あ…あの……」
「いや、無理にとは言わない。君のバッテリーも見たところかなり疲弊しているからな。
ここで倒れられては元も子もない」
イー・フリーナの胸の奥で、何とも言えない暖かいものがこみ上げる。
シンデンが掛けてくれた言葉や行動は、端々に彼女を心から心配するニュアンスが含まれていて、正常な思考ができなくなるほど嬉しいものだった。その理由は正直よく分からなかったが。
『もしかすると、これがアムさんの言っていた"恋"というものなのかも知れませんね……』
暖かい気持ちに包まれたまま、微笑んでイー・フリーナは首を静かに、しかしはっきりと縦に振った。
「すまない…」
シンデンは安心したような、それでいてちょっと残念そうな声音でそう言い、イー・フリーナに指示を出し始めた。
「時間がないから手短に済ませよう。
俺の首筋の辺りに小さなハッチがあるはずだ。そこを開いてくれ」
「あ、はい…」
何故かドキドキしながらシンデンの首筋に手を這わせるイー・フリーナ。
「…どうした?」
「…?!っ、ナ、何でもありませんっ!次はどこを…?」
「中にB-4613という端子はないか?」
「はい、あります!」
「そこに君の視覚回路の拡張ケーブルを挿して欲しい。それで共有化ができるはずだ」
「あ、はい。了解です……。…よ…っと」
半ばボーっとなりながら、残った左手で右の額の辺りに髪の毛にカモフラージュされた延長ケーブルを手繰り寄せ、延ばして端子に接続する。
一瞬、自分の視界にノイズが走った後、共有化成功のメッセージコールが視界の隅に小さく点滅して表示された。
「はい、挿しました。どうですか、シンデンさん?見えていますか?」
「うむ、問題ない。
これで何とかなりそうだ。…言い難いが続けてもう一つお願いがあるのだが……」
「腕が塞がっているから攻撃をして欲しい、ですか?」
「分かっていたのか……」
「えぇ。でも私も正常なのは頭と首、左腕、あとは腰椎基板の関節ぐらいですから……。お互い様ですよ」
「そう言ってもらえると助かる。武器は何がいい?」
「そこら辺にヤスミ2000Hが転がっているはずです。私の愛用なので、それを……」
「わかった」
動かなくなり、関節がロックした右腕で彼女は自らの上半身を固定し、下半身はシンデンの逞しい腕で固定してもらう。そして左手には彼女の相棒でもあるヤスミノコフ2000Hが。
その腕の暖かさ、逞しさ、そして左手の手のひらになじむ武器の感触に安心感を覚えるイー・フリーナ。
「ロック完了、いつでもいけます」
「よし、火器管制と射撃管制は君に任せた。移動は任せろ」
「はいっ!!」
「いくぞっ!!」
イー・フリーナを背負っているとは思えない速度で疾走を開始するシンデン。
電力問題や身体の破損など、依然として不利な状況ではあったが、イー・フリーナの表情は幸せそうだった。
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