ざわついているようで、一方奇妙な静寂が部屋を――
いや、今や"音無き音"は建物全体を覆い尽くしていた。
普通の感覚を持った人間でも違和感を感じるほどの圧迫感。
それは痛みを伴って彼女に襲いかかった。
自分自身であろうとする心と、外へと吹き出さんとする"力"のぶつかり合い。
もし今発動すれば……今度こそ恐らく自分自身というものがなくなってしまう。
理性も何もない、破壊衝動だけの歪なイキモノに。
それだけは嫌だった。もうこれ以上、利用されるのも苦しむのも……っ!!
「あぅ…ぅうううっ……っ?!」
「どうしたの?!」
突然、頭を抱えてへたり込んだエミーナにアムが駆け寄る。
痛い。苦しい。
呼吸がままならない。
混濁し、朦朧としだした意識の中、必死に言葉を絞り出す。
「みん…な…っ……逃げ…………」
それが、彼女が覚えている最後の言葉だった。
☆
近寄るアムを後ろから唐突に羽交い締めにするエミーナ。その瞳には、感情の色はない。
読めない動き。全ての動作が自然で、かつ的確だ。
子供にしては強すぎる力。抜け出せない。
「な、何をっ?!」
「――こうするんだよ」
「あっ…?!」
軽い打撃音。
首筋を撫でただけに見えたその一撃に、アムの瞳は大きく見開かれ、ぴくんと全身が痙攣し――
眠るようにぐったりとエミーナの腕の中に倒れ込んだ。
気を失ったアムを抱きかかえたまま、ふ、と視線を上げる。
その蒼い瞳に浮かんだのは――悲しみの色。そして、狂悦の色。
瞳に相反する色を湛えて、エミーナは子供らしからぬ妖艶な微笑みを浮かべた。
「……お前……っ!!」
シーガルが全力で突っ込もうとするのをウィルが片手で押さえつけ、そのまま後方へと突き飛ばす。
「こいつは…やばい。お前達は先に行け……!」
普段より、むしろ静かな口調。
シーガルはウィルの表情を見て目を疑った。
あのウィルが…顔を青ざめさせている?
「でも」
「行くぞ、シーガル……」
「ソーマッ?!」
「彼女があぁなっちまった以上、方法は一つしかない。俺達が出る幕は無いぜ、この戦いは。
それに、俺達にはもう一人助けにゃならん娘がいることを忘れんなよ」
シーガルがソーマを見る。
ソーマの顔は怒りで真っ赤だった。何とか感情を理性で押さえつけている、そんな顔。
「おら、分かったならとっとと行けっての!!」
「わ、わかった!」
シーガルを脇の入り口へと蹴り飛ばすソーマ。
「…"力"を押さえつける事自体、この娘の精神力じゃ限界だったんだろうな…」
誰に言うでもなくラストサバイバーを下げて、豹変したエミーナと対峙したままに。
ぽつり、とウィルが呟いた。
「あぁ。"アナザドライブ"の効果切れ、って所かな?その事を知ってるって事は……
やっぱり知ってたんだな、俺の過去?」
寂しげに笑い、ソーマがウィルを振り返る。
応えるようにウィルも小さく苦笑した。
そう、ソーマもまたエミーナと同じような境遇でこの世に生を受けたのだ。
その実験に携わっていたのは――オプト・グラッハル。あの科学者の名だ。
「まぁ、な…いろいろ調べたって事は認めるよ。
だが、情けで俺はお前らに戦い方を教えたんじゃない。素質があってのことだからな。
そこんとこよく覚えとけよ?」
「あぁ、感謝してるよ。んじゃティアナちゃんを助けに行ってくらぁ!」
ニッ、と笑い、きびすを返すソーマ。
その背中にウィルの声が届く。
「3人で外で待ってろ。アムとエミーナは、必ず俺が連れ戻す!」
大きくサムズアップして、ソーマは部屋を出ていった。
「…行っちゃった。良かった…の?」
「まだ意識が残ってるんだな…。
…そちらこそ良かったのかな?あいつら、かなり強いぞ」
「……関係…ないもん……ボク…には…」
苦しげに喘ぐエミーナ。
――或いはその時を迎える悦びか。
どちらとも取れる表情で、彼女はウィルに問い掛ける。
「お兄ちゃん、…名前…は?」
「ウィルだ」
「ふ…んっ…。それじゃ…ウィルっ…て…呼ぶ…ね。
そろそろ…始めよう…よ。…んぁ…っ…ボク…もう、もぉ…おさ…え…られ……
んぅあぁあぁっっ!?!」
悲痛とも、悦楽とも取れる叫びと共に。
エミーナが変わっていく。理性あるものから、獣へと。
蒼い瞳は最早、何の色も浮かべてはいない。
純粋な破壊衝動しか持たない、残忍で、そして美しい戦女神。
アムを投げ捨て、ウィルへ向かって一直線に切りかかる!!
「がぁぁぁああああっ!!!」
一挙動。
どちらかといえば細身のエミーナ。
その腕から殆ど予備動作もなく異常ともいえる速度で振り降ろされた鎌を、ウィルはサバイバーで真っ向から受けた。フォトンと金属がぶつかり合い、激しく飛び散る火花。
ずしりと重いその一撃に、ウィルはニヤリと笑う。
「こっちも色々むしゃくしゃしてたんだ。全力でかかって来い!
おまえの力、出し切ってみやがれ!!」
押し返し、掬い上げるように大剣を逆袈裟切り。
シーガルが抜き放った速度とは、明らかに違う剣速。
しかしその常人離れした速度の大剣を、すっと後退したエミーナはあっさり受け流す。
その一連の動きにウィルは舌を巻いた。
おそらく潜在意識下に戦うための知識が植えつけられているのだろう。反射神経も、反応速度もずば抜けている。
だがしかし…それは常に心体へかなりの負荷をかけていることになり――酷使し続ければ疲弊を通り越し、壊れてしまう。それならば――。
「こりゃ、本気で相手しなけりゃな!」
そうなるまでに止めればいいっ!!
「そレでイイ…。
足リナいノ…モッと……モットぉ………ッ!!」
本能の赴くまま、ウィルへとなおも斬りつけていくエミーナ。
……何を望むのか。"渇き"はどうすれば癒せるのか。
分からない。分からない!分からない!!
だから……っ!!
「あああぁぁぁぁぁっっ!!!」
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