第五夜...「みんなはひとりのために」
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「ふぅ、何処まで潜ればいいのかなぁ?」

淡い新緑を思わせる色の、短めの髪を無造作に掻き上げ。
髪と同じ色の瞳を左右に巡らせて、そのハニュエールの少女は呟いた。
白いハンタースーツに、背中に下げたドラゴンスレイヤーの色がよいアクセントになっている。
年の頃は14〜5といった所か。何となく猫を連想させる柔らかな物腰の娘だ。

「……シスカに呼ばれて来てみたはいいものの……
集合場所、予め決めとくべきだったよねぇ…」

にゃははっ、と苦笑い。

「まぁ、端末もあるし。何とかなるよね!
 とりあえずはウィル兄達と合流しないと…シスカが言ってたことが本当なら…急がなきゃ!」

よしっ、と気合いを入れて、彼女は先へと進んでいく。
――匍匐前進で。
何故か彼女はいつの間にやらダクトのような所に迷い込んでしまっていたのである。
一応端末のマッピング機能は働いているので帰ることは出来るが……。

「ん〜。この先、道ってあるのカナ…(汗」

「良かったのか、ソーマ?」
「なぁにが?」
「なぁにがって、お前なぁ!!」

いつも通りののんきな返事のソーマに、シーガルは呆れて声を荒げた。
次の瞬間。

「くそぉっ……!!」
「?!っ」

ソーマの表情が一変した。
そのまま、彼は自分の拳を壁に叩きつける。

「当たり前だろう!悔しいに決まってるじゃないかッ!!
 でも…でもな……俺たちじゃ…役に立てねぇんだ。別次元なんだよ」
「何を言って……?」
「正直…ウィル兄だってヤバイかも知れない」
「…そんなわけが…」

なんの冗談かと、苦笑するシーガルにソーマは暗い笑みを浮かべた。

「……あるんだ。知ってるか?神降ろしっていうのを」
「かみ…おろし……?」

一瞬、シーガルの肩が跳ねる。それは目ざといソーマが見落とすほど小さな仕草。

「あぁ。遙か過去…話で聞く限り前世紀以前から伝わっている、邪法さ」

ソーマは話を続けた。

「この世でもあの世でもない別次元に存在する、自意識を有すると言われる「力」の集合体。
 それを「神」と仮定し、強制的にこの世に固定・定着させてその力の恩絵を受けようという企みのことさ。
 曰く、無限の命を得ることが出来る。
 曰く、一騎当千の力を一夜にして得ることが出来る。
 曰く、云々、と色々言われているが。
 身体機能の向上とか、神経速度の上昇、テクニックを発動させやすくなったりするって言われてる」
「…どこら辺が邪法なんだ?いいことづくめなように聞こえるが」
「美味しい話にゃ裏があるってな。下ろす相手は多少なりとも「自意識」を有するから、そのままでは人間の肉体に定着させることは難しい。
 既に「魂」という「中身」が入っている「肉体」という器の中には、当然「空いている分」しか入れない。
 コップから水があふれるようなもんだと考えてもらえばいい。
 無理に押し込もうとすればどうなるか…わかるだろう?
 大抵の人間は精神に異常をきたし、あげく精神崩壊を起こして死に至る…。
 理想は「魂」の入っていない空っぽの「肉体」、それも生きている物…
 んな屁理屈が普通に通るわけが無い。そこで…アナザドライブの登場ってわけだ」

…かろうじて動揺を抑え、シーガルはソーマに問い掛ける。
――既に解答を持っている、問いを。

「……それじゃ、あのエミーナって娘は…」

シーガルの様子の変化に内心気付きながらも、ソーマは静かに答えた。

「ああ、間違いない。彼女はアナザドライブを摂取させられてる。それも大量に。
 それによって「魂」と「精神体」の境界線をあいまいにし、無理矢理融合させちまう。
融合さえしちまえば、ヨリシロになった人間の意識は喰われ、精神体が成り代わる。
 意識せずとも力を振るい、身体能力も大幅に上昇する…究極の生物になるんだ」
「そこまで分かってて、何故止めなかったっ……!」

いきり立ってソーマの胸倉を掴むシーガルに、ソーマは逆に静かな表情で答える。

「最初に言ったろ…俺たちじゃ役に立てないんだ。
 神降ろしを施された人間ってのは、さっきも言ったとおり身体能力が限界以上に拡大する。
 人間やニューマンはおろか、並のキャストだって超える位にな。
 テクでも物理攻撃でも、向こうが軽く放った積もりがこっちにしてみりゃ文字通り致命傷になるんだ。
 まさに一撃必殺、ってやつさ…。
 俺達には、彼女は止められない。元に戻すことすら叶わない。
 だからウィル兄は、俺たちを先に行かせたんだ。これ以上犠牲を出さない為に。
 俺達のことだけじゃない、エミーナみたいな子をこれ以上生み出させない為に…」

言い切り、ソーマは俯いた。
まるで泣くのを我慢しているようにシーガルには見えた。

「……最後までできる事をしろ、か」

彼らの師匠がいつも言っていたことを思い出し、口にする。
傍らのソーマは、いつもの笑みを浮かべていた。

「そー言うこった…責任感の強いウィル兄らしぃやな。
 …俺も、オプトの野郎に言いたいことが山ほど有るんでな。渡りに船だぜ」
「ふっ…仕方ねぇなぁ。つき合ってやるよ」
「悪ぃな」

ニヤリと笑いあい、2人は歩みを進めていく。






 


 
 

第五夜...「みんなはひとりのために」
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