最終夜...「ひとりはみんなのために」
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そして、事件から1週間。

「それで、彼女は?」

ウィスコー大学にほど近い病院。
その清潔な個室の中、ベッドの上で今だ昏々と眠りつづけるエミーナをちらりと見て。
2週間ぶりの講義の後、直接病院に寄ったウィルは、エミーナの傍についていたイー・フリーナに向き直った。

「…身体の方は殆ど問題ないそうです。
 あとは精神力の問題かと…お医者様は今日辺り目を覚ますだろうと言ってました」
「ふむ…」
「そうそう、お察しとは思いますが…戸籍、しっかり出来ていたそうです。
 エミーナさんと、ティアナさんの分。しかもまごう事なき本物でした。
 …本当に…良いんですか?」

回答など分かりきっているが、あえて聞くのは彼女らしい。

「問題ないよ、親父達が残してくれた資金も残ってる。
 足りなくなったら、またハンターとして仕事を探せばいいだけさ!」

いつもの微笑を浮かべ、ウィルは笑う。戸籍の件も予測済みだったらしい。
それを見てイー・フリーナもまた、安堵のため息をついた。

「それを聞いて安心しました」
「…う…ん…?」
「あ…エミーナ?!ウィル兄、気がついたわ!」
「む、やっとお姫様のお目覚めか…」

アムの声に、ほっとした表情でウィルとイー・フリーナはエミーナの顔を覗き込んだ。
ゆっくり起き上がり、暫くぽや〜っとした表情で辺りを見回していたエミーナは、3人の見知った姿を見つけるとびっくりしたようにあとずさった。

「あ…わ…っ?!」
「よ!お目覚めかい、エミーナ」
「あ…ウィル…さん……」
「おはよ、エミーナ!」
「おはようございます、エミーナさん」
「あ…えと…」

いきなり名前を呼ばれて恥ずかしそうにうつむき――
そしてある事に気がついた彼女の顔が悲しそうに歪んだ。
――優しく、そして、"エミーナ"という存在を守ってくれた者達と別れなければならないという、その事実に。

「…ボク…」
「ん?」
「……よくは…覚えて…ないんですけど……。
 その…みんなを…危ない目に…会わせて……」

震える声と共に。
ぽたり、ぽたり、と。
エミーナの瞳から涙が零れ、布団に小さな染みが出来る。

「…みんなとは…もう…」
「…あぁ、そんな事か。
 大丈夫。少なくとも俺やアム、イフィはこれっぽっちも気にしちゃいないさ。
 なんせ、お前さんはウチの家族の一員だから、な」

ウィルのその言葉に、エミーナは涙に濡れた顔を上げる。

「……えっ?!
 い、今…なんて……っ?!」
「ふふ、聞いてなかったの?約束、覚えてない?」

アムの悪戯っぽい表情に、ふと思い出す一つの光景。
アルディスに深く抱かれたまま、夢のような心地よさの中でアムとかわした一つの約束。

『一緒に、帰ろう…私達の家へ!』

あれは…夢ではなかったのだろうか…?
自分の夢想が作り上げた、都合のいい夢…だった、はずだ。

「…帰ろう、って…言われた?…あれって…夢じゃ…ないの…?
 それに…ボクの事…家族…って…?」

呆然とするエミーナ。

「…そうですよ、エミーナ・ハーヅウェルさん。
 私、ハーヅウェル家お手伝いをしています、イー・フリーナと申します」

今は素体に戻っているイー・フリーナが微笑む。

「私はアム。改めてよろしくね、エミーナ!」

微笑んで、エミーナを軽く抱きしめるアム。
さらさらとした青紫色の髪がエミーナの頬に掛かり、温もりが身体を包み込む。

「んで、俺がウィルだ…って、知ってるよね」

たははっ、と笑うウィルを見るエミーナの瞳から、再び涙が溢れる。

「…ボク…みんなと…一緒にいて…いい…の…?」
「約束したじゃない、みんなで一緒に帰ろうって。ねぇ?」

アムの問いかけに、当然のように頷く二人。

「……む…ぅ……み…なっ……ぁ…りが…」

後は言葉にならず、ただただアムの肩の上で涙を流しつづけるエミーナ。

「思い切り泣いちゃえ、エミーナ。
 泣いて、みーんな辛い事を忘れちゃいなよ。
 そ・れ・と。
 私たちは家族なんだからね、他人行儀はダメだよ、わかった?」
「…ぅ…ん……ふぇ…っ…わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

優しく背を撫でられる、その甘い感覚と、耳元で囁かれた言葉と。
母親の記憶など無いはずなのに、アムにその幻影が重なる。
そして、耐え切れなくなる……ひしと抱きつき、声をあげ、火がついたように泣きじゃくった。
泣き疲れて眠ってしまうまで、ずっとアムはエミーナを優しく抱きしめ。
その二人を、ウィルとイー・フリーナも微笑んで見守っていた。



 
 

最終夜...「ひとりはみんなのために」
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