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ファイル1:再起動/リブート





思考トリガー。
僕の視床下部に埋め込まれた極小のチップ内で、サーキットが走りだす。
途端、僕の視界下部にいくつかのメニューが展開される。
アークスになるとインストールされるインターフェイスだ。

 メインメニュー
  >コミュニティ
   >チームコマンド

視野を大きなウィンドウが覆う。
チームコマンドからはチームとしてのステータスや個人の貢献度、そしてチームメンバーの状況が確認できる。
枯葉さんの現在位置はチームルームとなっていた。

ところで、この現在位置表示はチームルームのほかに、マイルーム、ロビーとそのブロック、あるいはクエスト中ならクエストと表示される。
クエストの行き先が表示されないのはそれが規定上軍事機密のためだ。

「ほらたさん、チームコマンドの現在位置表示ってさ。どうやって判断してるんだろう?」

「テレポーターを使用した際にアークスIDを照合しているようですね。キャンプシップに移動する場合にもテレポーターを介しますし」

「つまり、テレポーターを介さずに移動を行ったら、表示上はそのままってことだよね」


心配するより先に連絡を取るべきだ。

チームコマンドを展開しなおす。一覧から枯葉さんのチャンネルを確認。個人回線を開いた。
幸いにもすぐ返答がある。

『枯葉さん聞こえる? いまどこにいる?』

『あっ、ごろーちゃん。なんか気づいたら海底にいたんですけど……』

そんなにパニくっていたのか。どこをどうやったら海岸から海底に行けるのか。
可愛いと言った時の反応そのものが可愛いから多用していたけれど、自重すべきかもしれない。

海底といえば、最近発見された惑星ウォパルの探査区域だ。
明らかに知的種族の手が入っているが、原住知的種族カブラカンの仕業とも思えない不可思議で、未だ計り知れない場所。
雑魚に分類すべき敵も、近くに水がある限りにおいては異様に厄介で侮りがたい。

『枯葉さんそこから自力で戻れる?』

『それが……テレパイプを使っても [転送先がありません]ってなるんです……』

テレパイプとはキャンプシップに帰還するための転送装置を設置するアイテムだ。
この場合キャンプシップを介して探査区域内に行っているわけではないので当然そうなるのだろう。

「マイったらなにしてんの……」

別口で枯葉さんと連絡を取ったのだろう。状況を知って頭を抱えている煮さん。
そこへ声がかかった。

「カレやんが迷子?」

「あたいこさんだしな」

いつの間にか来ていたのか、エミナさん、オタさん、マリさんがそこにいた。
なお、カレやんもあたいこさんも枯葉さんのあだ名だ。あだ名多いな。
カレやんというのは分かるけれど、あたいこさんとはどういう由来があるのか見当もつかない。どうせチャコさんがらみだろう。

「チームルーム、つまりこのシップの接舷先は、ある程度の安全が確認された場所にしているはずだから、それほど心配はいらないと思うけれど」

言いながらも眉根を寄せて心配そうなマリさん。

もちろん、枯葉さんもアークスだ。
レベルや武装のスペックこそ若干低いが、誰にも言わずにひたむきに単独任務をこなすこともある努力家でもある。
クラスはハンターもしくはファイター。ソロ……つまり単独戦における接近戦職の生存能力は遠距離職よりも高い。
事実、前に惑星ナベリウスの凍土で僕やエミナさんと一緒に組んでいた時、彼女以外の全員が戦闘不能に陥った時もあったが、彼女のムーンで助かった。
しかし、それはつまり。

「……予想よりまずい状況じゃないか?」

「というと?」

「ほら、僕たちは戦闘不能になっても近くの人がムーンを使えば復活できるだろう?」
ムーンとはムーンアトマイザーの略称である。
膨大な量のフォトンを散布し、戦闘不能者の生命力を賦活させる。

どんなアークスも1年も任務をしていれば戦闘不能の1回や2回はある。
ちなみに僕は2年で2000回を超える戦闘不能を経験した。そんなもんだ。

アークスという高価で強力無比な兵士は戦闘機とは違い使い捨てにするようなものじゃない。
死亡リスクが一定以上の確率で発生する状況になると、体内のフォトン構成のほとんどを分離し、外傷を受け付けない状態になる。
人体が光子的に霧のようになっているといえばわかりやすいだろうか。
ヤナギに風、ノ=レンに腕押しといった諺そのものの現象を狙っているわけだ。
その代償としてまるで外界に影響を与えることができない。それが戦闘不能である。

とはいえ、たとえ戦闘不能になっても思考はクリアで、チャンネルを開けば通信も可能だ。
緊急措置として思考トリガーによりテレパイプを起動させ、キャンプシップに戻ることもできる。

だが、キャンプシップを介さずに探査区域に行った場合はその緊急措置もできない。
もちろん現在ソロの枯葉さんはなにかのはずみで戦闘不能になれば誰からもムーンを投げてもらえないのだ。


僕がそう説明するほどにどんどん顔が青くなっていくエミナさんとオタさん。煮さんに至っては無言のままギリギリと爪を噛んでいる。

「あわわ……」

「うわ、それ超こわいな! たすけなきゃ!」

そう、怖い。
視界が真っ赤に染まり、いつ自分が死ぬかもわからない戦闘不能は、いくら外傷を負わないとわかっていても怖い。
なにより、光子的に霧状というのはフォトン環境の影響を強く受けすぎる。長期にわたって戦闘不能になるのはそれはそれで危険だ。

『と、いうわけで枯葉さん。今から助けに行くから、ちょっと待ってて』

『うー……。みなさん、本当に申し訳ありません……』

『いや、元はと言えば僕のせいな気もするし……』

Wis:個人回線ではなくチムチャを用いた。
人手は多いほうがいいし、このチームにはこうしたことを嫌がったり誹るやつはいない。

案の定、チムチャにチームメンバーが参加してくる。

『なになに、どったの?』『カレやんピンチ!』『えっ、ついに腐りきってしまったの……?』『腐葉土さんじゃしょうがないよな』
『まるで状況わかんないんですが……』『いいから、詳しいこと教えなさいよ!』『あたいこさんが海底で迷子になったんやで』
『どこをどうしたら迷子になるの……』『心配だねぇ』『とりあえず探そうず』『手分けしてあたいこさんを探せばいいんやな!』
『そうね』『!』『あ、チルだ。いつの間にいたの』『かれちゃん、どうかしらの!?』『話聞けよ!』『噛んでるよ……チル……』『!?』

ものすごい速度で会話が流れていく。流石のツッコミ不在っぷり。
話題の中心が枯葉さんだということもあるのだろう。容赦のないボケ合戦に発展した。
それは枯葉さん自身も例外ではないようだ。

『じゃあ、迷いの海のお姫様の枯葉ちゃんは皆の事ここで待ってるからね!!』

えっ。

『えっ』『あ”?』『……お姫様って誰だろ?』『枯葉ちゃん、ダメー』『歳考えようぜあたいこさん……』『いろいろもぐぞ、きさまら』

よかった。枯葉さんの申し訳ないモードは終了したらしい。
律儀に謝ることは美徳だけれど、しゅんとしている枯葉さんはあまり見たくない。
こうしてワイワイはしゃいでいるほうが枯葉さんらしいし、(仮)らしいのだ。

 

 


 
 

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