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ファイル1:再起動/リブート





こちらは11人。
いいんちょう、つくね、赤虎、せーれさん。
ほらたさん、シャニさん、ろんちゃん、アグさん。
オタさん、エミナさん、そして僕。


僕らは、タロベッコやヴィド・ギロスのような海底特有の敵を殲滅しながら左の道を走る。
突然、せーれさんが声を上げた。

「あっ! みなさん、北へ続く道がありますよ」

せーれさんが指差した方向には確かに道があった。

そして、枯葉さんの戦闘表示がその先にあり、こちらに向かって移動していた。ひょっとしたら、僕らの道が正解だったのかもしれない。

別に枯葉さんは密閉空間に隔離されていたわけではない。ただ、奥地で敵と出会って逃げているだけだ。彼女からみて南南西に進んだらこういう結果になったのだろう。
確か枯葉さんはファイター/ハンターだ。ハンターのスキル、オートメイトで回復薬を自動摂取することが可能なはず。今まで耐えれている理由はそれであろう。
予断を許す状況じゃなかった。

「よし、いこう!」

「待ってください。システム、スキャンモード起動。……妙です。構造が海底のそれではありません」

いいんちょうが赤メガネの奥で赤い双眸を光らせながらオタさんに忠告する。今のいいんちょうは正気であり、言動に乱れはない。優等生のキャストである。

立ち止まって見れば、確かに足場も壁もほんの少しこれまでとは違う。
僕は、ナベリウスの遺跡を思い出した。あそこもこんな雰囲気だった。

「一番槍は俺に任せな!」

「あたしもいくわ。何があっても死ぬことはないしね」

皆の先輩赤虎が走り、続いて皆の盾シャニさんが飛び込む。僕らもそれに続いた。

無論、敵もやってくる。しかし、そいつらはあまりも異質だった。

「なんだ、こいつらは……!?」

驚愕しているほらたさん、彼女は任務中はいつも女軍人のような口調と顔をしているのだが、今は目を見開いてそいつらを見ていた。

データ照合:該当なし。名称不明、弱点属性不明、レベル不明。

それらのデータはアークスシップから送られてくる先達の調査結果によるものだ。
つまり、不明ということは僕たちがこいつらに初めてであったアークスなのだろう。

身長は人間と同程度。190cm前後だろうか。
づちゃ、づちゃ、と足首のない尖った脚で二足歩行している。
子供がクレヨンで描いたかのように妙に色鮮やかな体。
内臓が透けて見えそうな薄い肉と一部を覆う頼りない外骨格。
手には武器を持っている。剣を、銃を、あるいは爆弾を。

そいつらはタツノオトシゴのような顔をしてこちらに歩いてくる。
一部が右腕をあげた。光弾。

シャニさんが前にでる。振り上げたソードによるガードが後続への被害を防いだ。
その影から飛び出したのは4人。
赤虎とほらたさんとエミナさんが共にソードを構えてギルティブレイクを始動。
せーれさんは共にカタナを構えてシュンカシュンランを踏み込む。
いずれもチャコさんが使ったデッドアプローチと同じく縮地を可能とする戦技であり、近接職の起点となる攻撃手段の一つだ。

そして、4人が躍りかかる直前に、一枚のタリスが敵陣内部に入り込んでいた。

「まじかる☆まいろん、ぱわー!! くらえーゾンディール!」

ゾンディール:雷属性テクニック。空間に強力な磁界を発生させ、フィールドの中心点に向かって敵の位置を収束させる。
不確定名の海王種?たちは互いが互いを拘束しあうほどにダマになる。
そこに4人のアークスたちが刃を振るいかかった。
3人がかりのギルティブレイクの体当たりでダメ押しとばかりに敵のバランスを崩壊させ、そのあとに都合6回の斬撃が竜巻のように荒れ狂う。

いくら見たことのない敵であってもこれを受けて生きているものはいない。しかし。

「うわっ!まだ生きてるよ!?」

エミナさんが悲鳴を上げた。
見れば、そいつらは死んだはずだが、足だけが、外骨格と思ったオレンジ色の部分が、それだけで生きている。
脚は前足に、ぷらんぷらんと震える脊椎に当たる部分が胴となり、肩甲骨に当たる場所が後足となっていた。
ビハインド・ビューであるから冷静だが、そうでなければ気色悪くて仕方ない情景である。

「燃やしちまえ! 汚物は消毒だ!」

いつのまにか近づいていたオタさんがフレイムビジットを構える。それは火炎放射に特化したランチャーだ。
蛇のようにまとわりつく火焔がそいつらの下半身を焼き払った。
途中、蟹を焼いた時のようないい匂いがしたのが何ともいたたまれなく、炭化するまで焼いた。

「何なんだこいつら? やたら硬い感触だったぜ」

赤虎が炭を転がす。無論、それはボロボロでなにも分かるはずは無かった。
だが確かなことはある。

「知的生物だったよね……?」

ウォパルの海底にある遺跡を作ったのは彼らなのだろうか……?
疑念で顔を見合わせているときにチムチャが入電する。

『クソマップだ! こっちは外れ。オタ、そっちはどう?』

『あー、すまん。今未確認生命体と戦ってたわ。あたいこさんの探索にもどる。あと、ここなんかおかしいぞ』

湊さんだ。向こうの陣営はこれから戻ってくるとなればそれなりに時間がかかる。
そして、悪い報告は重なるものだ。今度は枯葉さんから入電を受ける。

『すいません! 出来る限り健闘はしたんですけど、力及ばず……戦闘不能です!』

戦闘不能。
この時点で死ぬと決まったわけじゃない。ムーンを投げればすぐに目を覚ます。
だが、死亡確率は戦闘不能状態に陥ってから、時間が経過するほどに上昇していく。
それに、近くに敵がいて、気絶した肉体をどれだけ痛めつけられたかも死亡原因になったはずだ。

『あのあのっ! で、できれば早く来てください! あたしの体がー!!』

もはや一刻の猶予もないらしい。そういえば、ばっちいとか言っていたのを思い出す。
そんな敵の側で戦闘不能になるのは生理的嫌悪感が強い。

「おい、枯葉さんも心配だが、まだくるようだぞ! 走れ!」

ソードを振り抜きざまに、新しく湧いて出てきたエビとシャコの合いの子のような敵を殻ごと叩きわるほらたさん。
しかしそいつは絶命しない。
青い内臓をのぞかせながら、ぴるぴると糸のような触手で僕らの位置を探り、襲い掛かってくる。

ここの敵は一様に生命力が高いようだ。相手をしていたら時間ばかりを取られる。
皆で頷き、走り出す。



奇怪な海王種たちはそこらじゅうにいた。特に多いのは先ほどの知的生物だ。まれに盾を持った巨人や極彩色の鎧に包まれた大柄な戦士がいる。
さらには設置式の大砲を撃ってきたり、巨大な船を操船してくる。ここは海底じゃなかったのだろうか? なぜ海底に水上艦があるのだろう。

四方八方から攻撃が飛んでくる。やつらが腕に着けている銃から、大砲から、そして船から光弾が雨あられと降りそそぐ。

「や、やばくないかな?」

「! 護衛対象を視認しました! 対象の周囲に敵影1!」

いいんちょうがブーストダッシュをしながら叫ぶ。

『うあー!? オイルまみれにされてるっ!? 早くムーンお願いします!』

まさしく、枯葉さんの体は油まみれで、うつぶせに倒れている。
だが、その油がどこから出てきたかを見るなら、それは油まみれというより……いやこれは止そう。考えるべきじゃない。
オイルまみれというニュアンスを自ら採用しているのだ。枯葉さんの意思は汲んでやりたい。

「いや、これオイルっつーかゲ……」

『だまれ』

「あ、はい」

相変わらず失言の多いオタさんだった。

口から油を排出しているのは巨大なサンショウウオのような敵だ。
地面に這いつくばっているので大きさを誤りやすいが、かなり大きい。オルグプランと同じくらいだろうか。

ムーンには効果範囲が存在する。おおよそ10mくらいだ。
だが、効果範囲内に踏み込むより前に、不確定名:サンショウウオがこちらを認識する。目はないがその分他の感覚が発達しているのだろう。

「こっちだ!」

シャニさんが襲い掛かってきたサンショウウオの注意を引き付ける。
ウォークライ:鬨の声をあげることで、敵に自らの存在を誇示するハンターのスキルである。

その隙にせーれさんがムーンの効果範囲内へ。
放たれたムーンアトマイザーは上空に飛び、範囲内にフォトンを散布する。
同時に、戦闘不能から復帰しつつある枯葉さんの付近にろんちゃんのタリスが飛来、回復テクニックのレスタが枯葉さんの傷を全快させた。

「みなさんありがとうございますっ! それからそこのサンショウウオモドキは絶対許さない!!」

てらってらの顔を手で拭って開口一番のセリフである。
パーティーリーダーのオタさんが申請し、即座に枯葉さんが僕らのパーティに加入する。

「WB装填。どこからいきますか?」

「とりあえず胴体!」

現状、アークスが初めて対峙する敵である。
通常はアークスシップに送られた戦闘データを基に敵ごとのロックオン位置などが決定され、比較的簡便に処理可能になるのだが今はそうではない。
ロックオンしている箇所は自動選択機能によるたった一箇所しかなく、爪だの頭だのが分割でロック可能ではなかった。

いいんちょうはシャニさんと交戦状態に入っているサンショウウオの胴部にWBを発射。
オタさんがそこにランチャーで迫撃を仕掛ける。枯葉さんも背後から続いた。
なお、赤虎やエミナさんはいいんちょうに襲い掛かる人型海王種を倒し、つくねとアグさんはエルダーリベリオンにより遠距離の敵の行動阻害をしていた。

ならば僕は何をすべきか?

補助? 回復? 残念ながらレベルが急速に上昇したといっても15レベルほど。迂闊に激戦区に侵入すれば流れ弾で瀕死になりうる。
レベルアップ時には肉体が生まれ変わったかのような錯覚と共にHPが全快するのだが、そんなものに頼る戦法は取れない。
そして、有用な補助も回復も前線でなければ使えないのだ。今の僕にタリスはない。

つまるところ、今の僕にできることは、確率の低い状態異常攻撃を行うか、あるいは観察を続けること、そして今来る15人に情報を伝えることだった。

戦闘中のチムチャは苦手だが、幸いにも僕は敵からほぼ無視されていた。
なるほど奴らは確かに知性があり、故に僕らの脅威度をほぼ正確に認識している。
今の僕は奴らにとって取るに足らない雑魚なのだ。

『湊さん、別れた道から進んで右手、つまり北に抜け道がある。そこから先は海底じゃない。敵は知性があって硬くて、大砲や水上艦を使用してくる』

『ふむ、了解だ。ところであたいこさんは無事かい?』

『いま僕らのパーティに加入したところだよ。うん、元気だ』

枯葉さんはサンショウウオの死体の上でガーツポーズをとっていた。

意外とあのサンショウウオは弱いらしい。WBを撃たれた後は怒涛の攻撃により、汚物をまき散らしながらあっけなく死んだ。
もしかしたら枯葉さんが予め相当のダメージを削っていたからかもしれない。

しかし、状況は悪化している。

「あの船やっかいだなぁ……」

アグさんの言う通り、面倒なことになっている主な要因は水上艦である。
片舷6門の光学レーザー砲は威力こそさほどではないが、狙われていることを視認しづらく、また正確に照射してくる。
当たればその隙を狙っている人型どもの攻撃を受ける羽目になるのだ。回復に手を回せばその分時間がかかる。

『そろそろ水上艦が見えてこない?』

『見えた見えた。でもそっちに注意いってるから、こっち気づかれてない』

『なんとか乗り込んで壊せないかな? あの大砲を止めてくれるだけでもいいけど』

『やってみようじゃないの』

これでよし。あの15人なら一瞬で制圧できると確信する。
案の定、空をうねるイル・メギドが人型どもに混乱をもたらし、砲撃が散漫化する。制圧は時間の問題だ。


安心した僕は、改めてこの区域を見渡した。

天井は時折虹色に輝いている。目を凝らしてみれば、あれはなんらかの強力な力場で斥力を発生させ海を跳ね除けているようだ。
ここがどれほどの深海に位置しているのかは分からないが、水圧に抵抗できるだけの力場とはどれほどのものなのか。

一方、床は石造りで出来ており、所々に鮮やかな草花が生えていた。幾何学的な彫刻が彫られた石柱があり、神殿のようなものを形作っている。
やはり、ナベリウスの遺跡を彷彿とさせる光景だった。
一体、ここには何があるのだろう? ふと横を見ればそこには扉がある。意匠から察するに、神聖なもののようだ。

そして僕は――。

 

 

 

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