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「いらっしゃい、遠慮せずにどうぞー」

みづきさんのマイルームはクラフターの作業場、というより女の子の部屋だ。
ピンク色のカーテン。ハートマークの意匠が散りばめられた壁や天井。
そして、みづきさんが愛してやまない無数のリリーパのヌイグルミ。椅子までリリーパだ。

僕にはこのりーりー鳴く毛玉生物の良さが分からない。
せいぜいギルナスに捕まって助けを求めるリリーパがいれば無性に吹っ飛ばしたくなる程度だ。

そういえば、チーム内のリリーパ愛好者は、みづきさんの他にもみじさんもいる。彼女もクラフトにハマっていた。
リリーパはガラクタでものつくりをする習性があるが、もしかしたら関連があるのかもしれない。

「フフフ、何用かね? フフフ、何用かね? フフフ、何用かね?」

聞き覚えのある声で喋っているのは天井から吊るされたドゥドゥの人形。
アイテムラボで溜まったストレスを解消にするのに調度いいと評判のジョークグッズ:ドゥドゥ・サンドバッグだ。
ドゥドゥはアイテムラボのベテラン店員であり、僕が前回煮え湯を飲まされたモニカの先達に当たる。
ちなみに、ドゥドゥ・サンドバッグの収益の5%がドゥドゥに行くようになっているらしい。

「あー、ごめん。こいつ壊れちゃってさ。いま黙らせるね」

みづきさんがおもむろにドゥドゥに近づき、そして踏み込んだ。
メルさん顔負けの、腰の入ったスマッシュがドゥドゥの水月を抉る。
くの字に折れ曲がったドゥドゥは空中に1m以上も浮いたあと、勢いよく落ちた。

「また、きたま……―――」

「あとで直さないとなぁ」

文字通り無言になって振り子運動をしているドゥドゥ人形。
よく見れば古傷がいくつもあり、丁寧に補修されている。
みづきさんのドゥドゥに対する愛憎を垣間見たようだ。

「モニカ人形はないかな?」

「ごろーちゃんはモニカが好きなのでありますか?」

「いや、腹パンしたいだけ」

ロゼフロッツ/リヒトの強化で、メセタとグラインダーを大量に要求された記憶が蘇る。あの屈辱を僕は忘れない。

「まずはごろーちゃんのマグ見せて」

「いいんちょうが先に依頼してたんじゃないっけ? 僕が先でいいの?」

「いいの。そっちのほうが早く済むし」

料理と同じでこういうのは作成順をうまく配分したほうが結果的に早いとかなんとか。女性らしい考え方だと思った。
ともかく僕は格納状態のマグ:ベレイを取り出し、渡す。

「この子か。ちょっと検査キットにつっこんどこう」

電子レンジのような機械の中に僕のマグが入れられ、ゆっくり回転しながら分析が開始される。

「分析終わるまでちょっと時間かかるから、その間にいいんちょうのほうをやろう。いいんちょう来てー」

なるほど手際がいいと僕が感心していると、いいんちょうがやってくる。

「あ、あまり痛くしないでね、であります」

胸と腰を隠すポーズをしながら、恥じらう表情もなく真顔で言ういいんちょう。

「なにしてるんだ……。ところで、僕はこの場にいていいのかい?」

「うん。というか、ちょっと確認したいことあるしね。ごろーちゃんはあのモノリスにアクセスしたんでしょ?」

そういえば、みづきさんはアクセスはしていなかった。
話題が出たことでいいんちょうの依頼が何なのか把握する。

「ああ、いいんちょうの依頼ってモノリスのデータ確認なのか」

「肯定であります」

納得だ。いいんちょうはメモリストレージにモノリスからの記憶データを圧縮保存していたのだった。

みづきさんは壁に備え付けられたコンソールから有線コードを引っ張り出した。
それをいいんちょうの頭部側面、つまり耳のジャックに差し込む。

「キャストの耳ってそういうものだったんだ?」

「ここは脳殻に直結してるの。……これでよし、いいんちょうストレージ見せてね」

「あっあっあっ。画像フォルダだけはやめてくださいであります!」

「うん、わかった。そこは見ないから」

キャストといえど、色々あるんだろう。流石に配慮してそういった場所を避け、ストレージを漁るみづきさん。

「あったあった、これだ。とりあえずいいんちょうの頭からこっちに移して、そのあとで展開しよう」

「なんというか、咄嗟に記憶を圧縮保存したいいんちょうもいいんちょうだけど、それを弄れるみづきさんもすごいな」

「なにいってるのさ? テクカスでいつも作ってるディスクだって記憶だよ」

テクカスとはテクニックカスタマイズの略称だ。たしかにその通りなのだった。
PAやテクニックのディスクは戦技データを記憶として保存し、それを使用者に焼きこむものだ。
そう言われてみれば記憶のやり取りも普通のことなのかもしれない。

「さて、ごろーちゃん。ここにあるのがごろーちゃんたちと同じ記憶か確認しないといけないんだけど」

「もちろん協力するよ」

「オーケー。じゃあ画面にだすね」

画面にいいんちょうの記憶が出力される。

舞台はキャンプシップ。相棒のアフィンとはじめて出会う場面だ。僕にもこの記憶は存在する。
そして、この記憶はいいんちょう自身の記憶でもあるらしい。
いいんちょうの掛けている赤メガネのフレームが画面の端にチラチラ見えることがその証明だ。
しかしこれは……。

「見づらくない?」

聞いたのは僕だ。なにせ焦点のあっている部分以外はピンボケしてるし、歩くたびに揺れるし、すぐに画面酔いになってしまいそうだ。

「焦点あってないとこはブレるものだしねえ……。あっ、でもフォトン知覚してるじゃん、いいんちょう! でかした!」

「クベルタは常にフォトン知覚を稼働し、行住坐臥前後左右に死角などないのであります」

フォトン知覚をすることで戦闘時アークスはビハインド・ビューに至れる。しかしいいんちょうは常にそれを使用していたらしい。
じゃあ、なんでこんな画面なんだろうか? 疑問に出す前にみづきさんがコンソールを操作した。

画面の中のいいんちょうが突如ビハインド・ビューになり、さらにカメラワークを色々な視点で切り替えていく。
サイド、アオリ、クォーター・ビュー……。

「フォトン知覚ってこんなことできるのか!」

「フォトン知覚だけじゃなくて、人間はその場その場の五感を余すところなく覚えてるものだよ。匂いを嗅いだ瞬間幼少の頃の記憶を思い出すこととかない?」

ある。見ても思い出せなかったものが匂いを嗅いで思い出したり、食べたことないと思っていた料理が口に入れた瞬間に子供のころ一度食べたことを思い出す。
みづきさんの説明によれば、フォトン知覚と視覚は同じようで別の感覚らしい。
今のは、記憶内のフォトン知覚のデータから演算して周囲の光景をそれこそ葉っぱの一枚に至るまで完全に再現したのだという。

「で、ごろーちゃん。この記憶はごろーちゃんにもあるの?」

画面の中ではいいんちょうとアフィンがナベリウスに降り立ち、ドレッドヘアの黒人がダガンに殺される場面になっていた。
いや、殺されるというのは語弊がある。戦闘不能になり、その後キャンプシップに即座に戻ったのだろう。

「あるとも。たぶんいいんちょうの位置にいる人間が誰かは、モノリスに触れた人間に対応しているんだ」

そして、そいつが主人公の世界がある。
だけど今の世界の主人公は僕ではなく、オタさんでもエミナさんでもなく、アッシュという男らしい。

「ふむ。とりあえずモノリスの内容は分かったわけだ。一応、わかりやすく編集したほうがいいかなぁ」

「僕としては鮮明に思い出せるようにしておきたいね。なんなら編集しようか?」

「お、ごろーちゃん頼める? そういうのはあんまり好きじゃなくてさ。頼めるなら頼もう。やり方はこれで」

ディスクを渡される。なるほど、編集のハウツーが詰まった記憶というわけだ。
ありがたく受け取り、その場でディスクを読み込む。フォトン化したディスクは僕の網膜を通り記憶に焼きこまれる。
先ほどと何ら変わったような所はないけれど、どこを操作すればどうなるのか思い出せるようになっている。便利なものだ。

「ん? でもこれって、僕がいいんちょうの赤裸々なプライベートを見ることになるんじゃないか?」

「いや、モノリスで書き込まれるのは、主要なイベントだけみたいだからその心配はいらないよ」

なるほど、イベントか。では編集が終わったらこれをイベントクロニクルと名づけよう。
どうせだったらいいんちょうの部分を加工で消して、イベントクロニクル使用時の姿形で閲覧できるようにするのもいいかもしれない。
ディスクを使用した今ではそれをどうすれば実現できるかも分かるようになっていた。

あれこれどう編集しようか考えていると、チーン!という音と共に電子レンジ……もといマグ分析装置が結果を提示する。

「おっと、終わったみたいだね。見てみよう」

みづきさんの横からデータを見てみたが、僕にはまるで意味がわからないグラフと文字の羅列だった。
つい、マグプログラマーのディスクも欲しいと思ってしまう。

「みづきさん、解説よろしく」

「あちゃー。この子、モノリスにアクセスした時に機能不全になったの? なんか、物凄い大容量のデータが上書きされてて、元の自我中枢消えちゃってるよ」

「いや、機能不全になったのはモノリスじゃなくて神殿の扉を開こうとした時だね。それより、自我中枢消えちゃったって、戻るの?」

みづきさんは悲しそうに首を振った。つまり、僕のベレイは。

「死んじゃった」

重い沈黙が流れる。
マグとはアークスにとって着かず離れずの相棒なのだ。
170レベルまで育成したベレイとの記憶が蘇る。
トリメイトと法撃武器を交互に食べさせ、法撃特化の道を歩ませたベレイ。
与える餌を決して間違えまいと忙しいクエスト中は餌を与えるのを避けていた。
そのせいで途中から腹を空かせていたっけ……。
悪いことをしたな、と思う。

「大丈夫かい? ごろーちゃ……」

「うぁぁああああああああああ!!!! クーナァアアアアア!!!! 世界一かわいいよぉおおおおおおおおおおおお!!!!」

みづきさんの声を遮り、回想に浸っている僕を起こしたのはいいんちょうの絶叫である。
どうやらクーナの時間が始まったようだ。

『はぁいみんな!一週間元気にしてたかな!あたしは元気いっぱいだよっ!』

いいんちょうの見ているホログラムTVから漏れ出てくるのはアイドルとしてのクーナの声だ。
それは半分は偽りだが半分は真実。僕は始末屋クーナを知っているし、絶対令の時に皆の眼を覚まさせたことも知っている。
だが、今のクーナは絶対令には触れるつもりがないようだ。今の現状で迂闊にその話題を出せば炎上するかもしれないし当然のことだろう。

『じゃあ、まずはお便りのコーナーからいこうかな? えっと、アンスールにお住まいのアークス「チャルチウィトリクエ」さんから!』

なんだかすごい長ったらしい名前のペンネームだ。噛まずに流暢に言えるクーナもすごい。

『クーナちゃんの曲はいつ聞いてもすばらと思うのだが、クーナちゃんにはもっとアップテンポな曲のほうが似合うと思います。というかすごい聞きたい!なんとかそんな新曲を……』

「あ、みづきさん。マグの件はありがとう。残念だけどベレイのことは吹っ切れるよ」

クーナの時間を聞き流しつつ、みづきさんに礼をいう。死んでしまったなら仕方がない。

「ごめんねー。何の力にもなれなくて。死んじゃったマグは腐ったりしないから記念にもっておくといいかもしれないね」

今まで気にも留めなかったが、機械生命体故の特徴だった。
どうやらリサイクルに出してもいいらしいが、僕にとっては相棒だったのだ。記念にしておきたい。

終始興奮しているいいんちょうは置いておいて、みづきさんに挨拶だけして自分のマイルームへ帰還する。
その手にはベレイがあった。

 


 

 

 

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