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みづきさんのマイルームはクラフターの作業場、というより女の子の部屋だ。 僕にはこのりーりー鳴く毛玉生物の良さが分からない。 そういえば、チーム内のリリーパ愛好者は、みづきさんの他にもみじさんもいる。彼女もクラフトにハマっていた。 「フフフ、何用かね? フフフ、何用かね? フフフ、何用かね?」 聞き覚えのある声で喋っているのは天井から吊るされたドゥドゥの人形。 「あー、ごめん。こいつ壊れちゃってさ。いま黙らせるね」 みづきさんがおもむろにドゥドゥに近づき、そして踏み込んだ。 「また、きたま……―――」 「あとで直さないとなぁ」 文字通り無言になって振り子運動をしているドゥドゥ人形。 「モニカ人形はないかな?」 「ごろーちゃんはモニカが好きなのでありますか?」 「いや、腹パンしたいだけ」 ロゼフロッツ/リヒトの強化で、メセタとグラインダーを大量に要求された記憶が蘇る。あの屈辱を僕は忘れない。 「いいんちょうが先に依頼してたんじゃないっけ? 僕が先でいいの?」 「いいの。そっちのほうが早く済むし」 料理と同じでこういうのは作成順をうまく配分したほうが結果的に早いとかなんとか。女性らしい考え方だと思った。 「この子か。ちょっと検査キットにつっこんどこう」 電子レンジのような機械の中に僕のマグが入れられ、ゆっくり回転しながら分析が開始される。 「分析終わるまでちょっと時間かかるから、その間にいいんちょうのほうをやろう。いいんちょう来てー」 なるほど手際がいいと僕が感心していると、いいんちょうがやってくる。 「あ、あまり痛くしないでね、であります」 胸と腰を隠すポーズをしながら、恥じらう表情もなく真顔で言ういいんちょう。 「なにしてるんだ……。ところで、僕はこの場にいていいのかい?」 「うん。というか、ちょっと確認したいことあるしね。ごろーちゃんはあのモノリスにアクセスしたんでしょ?」 そういえば、みづきさんはアクセスはしていなかった。 「ああ、いいんちょうの依頼ってモノリスのデータ確認なのか」 「肯定であります」 納得だ。いいんちょうはメモリストレージにモノリスからの記憶データを圧縮保存していたのだった。 みづきさんは壁に備え付けられたコンソールから有線コードを引っ張り出した。 「キャストの耳ってそういうものだったんだ?」 「ここは脳殻に直結してるの。……これでよし、いいんちょうストレージ見せてね」 「あっあっあっ。画像フォルダだけはやめてくださいであります!」 「うん、わかった。そこは見ないから」 キャストといえど、色々あるんだろう。流石に配慮してそういった場所を避け、ストレージを漁るみづきさん。 「あったあった、これだ。とりあえずいいんちょうの頭からこっちに移して、そのあとで展開しよう」 「なんというか、咄嗟に記憶を圧縮保存したいいんちょうもいいんちょうだけど、それを弄れるみづきさんもすごいな」 「なにいってるのさ? テクカスでいつも作ってるディスクだって記憶だよ」 テクカスとはテクニックカスタマイズの略称だ。たしかにその通りなのだった。 「さて、ごろーちゃん。ここにあるのがごろーちゃんたちと同じ記憶か確認しないといけないんだけど」 「もちろん協力するよ」 「オーケー。じゃあ画面にだすね」 画面にいいんちょうの記憶が出力される。 舞台はキャンプシップ。相棒のアフィンとはじめて出会う場面だ。僕にもこの記憶は存在する。 「見づらくない?」 聞いたのは僕だ。なにせ焦点のあっている部分以外はピンボケしてるし、歩くたびに揺れるし、すぐに画面酔いになってしまいそうだ。 「焦点あってないとこはブレるものだしねえ……。あっ、でもフォトン知覚してるじゃん、いいんちょう! でかした!」 「クベルタは常にフォトン知覚を稼働し、行住坐臥前後左右に死角などないのであります」 フォトン知覚をすることで戦闘時アークスはビハインド・ビューに至れる。しかしいいんちょうは常にそれを使用していたらしい。 画面の中のいいんちょうが突如ビハインド・ビューになり、さらにカメラワークを色々な視点で切り替えていく。 「フォトン知覚ってこんなことできるのか!」 「フォトン知覚だけじゃなくて、人間はその場その場の五感を余すところなく覚えてるものだよ。匂いを嗅いだ瞬間幼少の頃の記憶を思い出すこととかない?」 ある。見ても思い出せなかったものが匂いを嗅いで思い出したり、食べたことないと思っていた料理が口に入れた瞬間に子供のころ一度食べたことを思い出す。 「で、ごろーちゃん。この記憶はごろーちゃんにもあるの?」 画面の中ではいいんちょうとアフィンがナベリウスに降り立ち、ドレッドヘアの黒人がダガンに殺される場面になっていた。 「あるとも。たぶんいいんちょうの位置にいる人間が誰かは、モノリスに触れた人間に対応しているんだ」 そして、そいつが主人公の世界がある。 「ふむ。とりあえずモノリスの内容は分かったわけだ。一応、わかりやすく編集したほうがいいかなぁ」 「僕としては鮮明に思い出せるようにしておきたいね。なんなら編集しようか?」 「お、ごろーちゃん頼める? そういうのはあんまり好きじゃなくてさ。頼めるなら頼もう。やり方はこれで」 ディスクを渡される。なるほど、編集のハウツーが詰まった記憶というわけだ。 「ん? でもこれって、僕がいいんちょうの赤裸々なプライベートを見ることになるんじゃないか?」 「いや、モノリスで書き込まれるのは、主要なイベントだけみたいだからその心配はいらないよ」 なるほど、イベントか。では編集が終わったらこれをイベントクロニクルと名づけよう。 あれこれどう編集しようか考えていると、チーン!という音と共に電子レンジ……もといマグ分析装置が結果を提示する。 「おっと、終わったみたいだね。見てみよう」 みづきさんの横からデータを見てみたが、僕にはまるで意味がわからないグラフと文字の羅列だった。 「みづきさん、解説よろしく」 「あちゃー。この子、モノリスにアクセスした時に機能不全になったの? なんか、物凄い大容量のデータが上書きされてて、元の自我中枢消えちゃってるよ」 「いや、機能不全になったのはモノリスじゃなくて神殿の扉を開こうとした時だね。それより、自我中枢消えちゃったって、戻るの?」 みづきさんは悲しそうに首を振った。つまり、僕のベレイは。 「死んじゃった」 重い沈黙が流れる。 「大丈夫かい? ごろーちゃ……」 「うぁぁああああああああああ!!!! クーナァアアアアア!!!! 世界一かわいいよぉおおおおおおおおおおおお!!!!」 みづきさんの声を遮り、回想に浸っている僕を起こしたのはいいんちょうの絶叫である。 『はぁいみんな!一週間元気にしてたかな!あたしは元気いっぱいだよっ!』 いいんちょうの見ているホログラムTVから漏れ出てくるのはアイドルとしてのクーナの声だ。 『じゃあ、まずはお便りのコーナーからいこうかな? えっと、アンスールにお住まいのアークス「チャルチウィトリクエ」さんから!』 なんだかすごい長ったらしい名前のペンネームだ。噛まずに流暢に言えるクーナもすごい。 『クーナちゃんの曲はいつ聞いてもすばらと思うのだが、クーナちゃんにはもっとアップテンポな曲のほうが似合うと思います。というかすごい聞きたい!なんとかそんな新曲を……』 「あ、みづきさん。マグの件はありがとう。残念だけどベレイのことは吹っ切れるよ」 クーナの時間を聞き流しつつ、みづきさんに礼をいう。死んでしまったなら仕方がない。 「ごめんねー。何の力にもなれなくて。死んじゃったマグは腐ったりしないから記念にもっておくといいかもしれないね」 今まで気にも留めなかったが、機械生命体故の特徴だった。 終始興奮しているいいんちょうは置いておいて、みづきさんに挨拶だけして自分のマイルームへ帰還する。
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