テレポーターの普及は廊下という概念を消すに足る。
点から点を結ぶために線を用いる必要がなくなるためだ。
故に、マイルームと別のマイルームの間に廊下も道路も街並みも無く、僕は一瞬で我が家に戻る。
殺風景な灰色のミニルーム。ベッドが一つ置かれているだけ。ベランダからはアークスシップの街並みが見える。
茶畑のように階段状になっている居住施設の中腹に僕の部屋はあった。
「多忙になりそうだし、プレミアムにするか……」
金庫を開く。メセタとは別の、新通貨アークスキャッシュ用の金庫だ。
ACと略されるこの通貨は、MPSEの変動が激しい昨今になって作られた通貨だ。
特定波形のフォトンの塊であるメセタは、その出処からしてMPSEの影響をモロに受けてしまう。
相場の安定しない通貨に価値などないとばかりに新たな通貨を上層部が設定したのが、ACの始まりである。
しかし、ACは上層部の期待とは裏腹にまるで流行らなかった。
当然だが、アークスにとってはメセタの方が稼ぎやすいのである。
アークス本部直轄サービスこそACでしか利用できないが、ほかの一般流通では未だメセタが主流を占めている、というのが今の現状だ。
そして、いま僕は本部直轄サービスを利用したいのだ。
「結構減ってきたな……。また稼がないと」
流通がほとんどしていないためにACを稼ぐ手段も少ない。
確実にAC払いの依頼をしてくれるのは本部だけで、多くの場合非常に面倒で退屈な雑用でしか稼げない。
憂鬱ではあるが、ともかくアークス・プレミアムサービスを受けるための手続きを行う。
僕が今欲しているマイルーム拡張使用権のほか、プレミアム専用倉庫、プレミアム専用ドリンク等の有益なサービスをパックで購入できるサービスだ。
一ヶ月1300ACだが、三ヶ月なら3300AC。600ACオトク。
貯金を考えると迷ってしまうが、しばらく忙しそうなので三ヶ月コースを選択。
プレミアムセット90日のチケットを購入すると、それをマイルームの端末に差し込む。
[チケットの使用を確認しました。これより90日間、アークス・プレミアムサービスをお楽しみ頂けます。Have a nice days]
機械音声が終わり、認証が終了する。
このミニルームにもう用はない。久しぶりのマイルームに戻るとしよう。
テレポート。
目を開けると広々とした部屋が広がっている。
紫を基調とした落ち着いた壁紙。赤と青に彩られた高級感のある家具。
ベランダからは宇宙を直に望むことができ、どこよりも清潔なそこで寝れるようベランダにベッドが置いてある。
我が家だ。
プレミアムサービスを受けると、以前サービス中に設定していたマイルームが返却されるのだ。
僕は手に抱いたベレイをそっとキャビネットにしまう。
「今までありがとうな……、お前には何度も助けられたよ」
マグには支援デバイスという機能がある。
ベレイの成長の際、僕は回復機能を覚えるように仕込んでいた。
僕がダメージを受けた瞬間に、こいつが回復してくれたことが幾度もあった。文字通り命の恩人でもある。
労ってやらねばなるまい。
……しかし、妙に恨めしい視線を感じる。
「僕を恨んでいるか?」
「………」
当たり前の話だがベレイは死んだのだ。何の反応もない。
「疲れているのかな……」
ぼすん、とベッドに転がると、急速に睡魔が襲ってくる。
シャワーも浴びてないのにこのまま寝るわけにはいかない……。
抵抗も虚しく、僕は泥のように眠った。
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