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確かこんないきさつだった。

あの後、僕はキャビネットにベレイを突っ込んだままみづきさんのところに行き、さらに入念な検査をしてもらった。
結果わかったことといえば。

ベレイは死んだが、代わりにルーサーの精神体が中に入っていること。
ルーサーの精神体は他にアクセスして乗っ取りを行うことが可能なこと。
乗っ取りを封じるためには誰かがマグを装備状態にしておかなければいけないこと。
僕をはじめとしたモノリス接触者にはルーサーは乗っ取りができないこと。

つまり、僕が装備していればこいつはただうるさいだけで何もできないということだった。

3日目はほぼその検査に費やされ、ついでに名前をどうするかで一悶着があった。
ルーサーと呼ぶのはなんだか気に食わないのである。
敗者、歯医者さん、デンタルクリニック……色々な案があったが。

「ゼンチ―! ゼンチってかわいくないです!?」

という枯葉さんの声でゼンチになったのだ。

『フ。中々美味だったよ』

僕が記憶の遡行から帰るとゼンチはフランカさんの料理の数々を平らげている。

「ねえ、リバーさん。彼喜んでいるのかしら?」

「ええ、美味だそうで」

「そうなの! それはよかったわ! また今度連れてきてくれない? そういえば彼、名前とかあるのかしら?」

「ゼンチです」

『やめろ!』

『デンタルクリニックのほうが良かったか?』

まさかルーサーとは言えまい。
アークスの影の支配者がルーサーというのは知られていなかったが、ダークファルス・ルーサーの存在は知れ渡っている。
僕がペットに悪魔ちゃんとかつける奴になるじゃないか。


フランカさんと別れ、食材調達の正規の報酬としてメセタと、エクストラフォトンチャージャー……略してEXPを受け取った。
EXPは無くしたりしないようその場で使用する。
針のないシリンジを首筋に押しあて、スイッチを押すだけだ。
体に満ちる大量のフォトンが僕の身体組成を組み替えていく。
実に簡単にバウンサーのレベルが向上し、これで50になった。

アークスへの依頼はクライアントオーダーと呼ばれるが、その支払いはメセタとEXPで行われる。
どういう配分にするかは依頼者側が設定できるが、大抵の場合、同業者はメセタ払い、一般市民はEXP払いの割合が多い。
EXPはアークスの内在フォトン量を高め、レベルアップを促す薬品だ。
市民にはEXPなんて使いようのないものだし、アークスにとってEXPは自分に使いたい、というわけだ。


用も済んだので、アークスシップ市街地の所々に設置されている公用テレポーターへ向かって移動する。
フランカさんはわざわざショップエリアまで出向いてくれるが、その厨房も食堂も市街地にあるわけで、僕は街まで連れてこられていたのだ。

『なぁ君、どこへ行くんだ?』

『まずはクラスカウンターにいってスキルポイントを振り分け。次にナベリウスにでも行ってジェットブーツの練習だ。……どうした?』

『いや、昔僕がいたころと街の雰囲気が違うからね』

それはそうだろう。このルーサーが統治していた時代から大分年月が経過している。
その間にダークファルス・エルダーと大戦が起こり、封印し、10年もの平和な時代があって、今なのだ。
オリジナル・ルーサーはその時にもクラリスクレイスを連れ去って暗躍していたけれど、このゼンチは浮上施設で囚人生活をしていた。
タイムスリップしてきた過去の人間状態と言っていい。

『どこか見たいところでもあるのか? 飯はもう食べたろ?』

『確かに腹は膨れたが脳がすきっ腹だよ。なにか新しく変わったシステムとかないのかい?』

『アークスが第三世代になったり、ACが発行されたり、AISって巨大ロボが出来たりしてる』

『アイス? アイスがロボなのか? 冷たくて美味しいアイスが?』

『ええと、AISは略称で、正式にはなんて言ったかな……』

本当にこいつはあのルーサーなんだろうか? おつむがちょっぴり弱くなってないか? 長い囚人生活で頭がおかしくなった?

「! リバさんがいるよ!?」

「わふぅー。どしたん? こんなところで」

声を掛けてきたのはチルさんとこーきんさんだ。二人ともモノリスには接触していない。
ついでに、僕のマグがルーサーになったことも知らせていなかった。
ひとまずゼンチとの会話を切り上げる。

「やぁ、こんにちわ。僕はフランカさんに連れられて試食会してきたんだ。そっちはどうしたの?」

「そいつは災難だったな……。俺たちはさっき偶々会ったんだ。俺は聞き込み調査しててな。チルはなんか変なのに絡まれてた」

「! 値下げ交渉ずっとされてた!」

チルさんは変なのによく絡まれる。
ぼっち、とチームの皆からは言われているが、知らない人とパーティを組むことが出来るぼっちである。
ただ、組んだ相手が酷いマナー違反者だったり、マイショップの客が異様な乞食だったりと、巡り合わせの運が非常に悪い。
本人もそれは痛いほどに分かっているらしく、お金を地道に稼ぐことで不幸の埋め合わせをしている。
常人の7倍働いているんじゃないかと言われるほどだ。

「チルさんは相変わらず大変だね。調査っていうのは?」

「一般市民の側から見て、アークスは今どう見えるかって調査だ」

アークスと一般市民は切り離せない関係にある。アークスは市民を守り、市民はアークスに装備や施設や人員やサービスを提供する。
アークスという組織内で不安が募れば、市民にも影響が出る。
市民の中にはアークスが家族にいる、という家もある。チャコさんだってそうだ。

「そういうのは、チャコさんが得意そうだね」

「いいや? 逆だ、ごろーちゃん。チャコに任せると余計な偏りがでる。こういうのは公平な視点で見ないとな」

「ああ、チャコさんの家、仲いいしねぇ……。で? 結果はどうだったの?」

「早めに対処しないと市街地で暴動が起きてもおかしくないな、こりゃ」

「!? いつ暴動起こるの!?」

「そこまで酷いのかい?」

「そりゃあ、本部への不満を持つアークスがそこら辺にいて、溜まったストレスを街で吐き出されたら堪ったもんじゃないだろ?
 たとえば、向こうのらーめん店では昨日アークスと店主の間で喧嘩があった。なんでも店主の娘が本部勤めらしくてな。
 アークスの愚痴を諌めたら逆ギレされて喧嘩になったらしい」

市民同士の喧嘩であれば警察機構が動く。だが、アークスがそれに関わっているなら警察機構では止め切れないことが多いために、同じアークスが派遣される。
しかし、その派遣されたアークスも本部に不満を持っているなら……。

「……確かに、ひどい状況だね」

「プロジェクト・リブートってのは必要な処置だと痛感したわな。それも出来るだけ早く」


話しているうちにテレポーターが見えてくる。

「おっと、ごろーちゃんは?」

「ロビー。ジェットブーツの練習をしに行くつもりなんだ。挙動とかも確かめたいしね」

「ならソロの方がよさそうだぬ。俺はドゥドゥと戦ってくるぜ。チルは……」

「! TA!」

TA:タイムアタックは先輩アークスのクロトから与えられるクライアントオーダーだ。
仕掛けが満載のステージをクリアすることで多額の報酬を受け取れる。
何故一介のアークスに過ぎないはずのクロトがそれほどのメセタを報酬として出せるのかは不明であり、様々な憶測を呼んでいる。
TAのデータを研究機関に売り込んでいる、戦術研究の一環であり彼は本部のカンパニーマンである、生まれついての大金持ちでメセタの処分先に困っているなどなど。

「クロト銀行、もうすぐ営業形態変えるって聞いたから今のうちに稼がないと!!」

銀行呼ばわりされるほどの個人資産がある時点でやはりおかしい。
営業形態の変更というのは随分前からの噂で、今は一日に一回同じアークスがクロトからオーダーを受けれたが、それを一週間に一度に制限する、というものだ。
流石に金銭的にきつくなってきたのだろうかと思ったのだが、その分報酬額は増やすとも聞いている。

「そっか。じゃあ二人の武運を祈ろう。特にこーきさんはドゥドゥに気を付けて」

アークスには、ラスボスはドゥドゥという言葉もあるほどだ。
互いの無事を祈って別れる。

テレポート。


 

 

 

 

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