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ファイル3:変革/Trans








「おちんちんびろーん!!」

「うぉおおお! どこに行ってたんだボス!」

突如、赤部屋に現れたブーメランパンツ一丁の漢、ヨシオさん。
そしてヨシオさんに抱き着いたのは、アロハシャツの前をはだけた漢、メルさん。

「やめろ。臭い。見苦しい」

漢同士の熱い抱擁はベルさんの容赦ないドロップキックで中断される。

「いきなり臭いおっさんにハグされた挙句、ベルに蹴られた。ちょっと病みつきになりそう」

「元はと言えばよちおがウルクの連絡先を教えてくれなかったのがいけない」

悦んでいるのか落ち込んでいるのか判別しづらいヨシオさんに、湊さんの追撃が入る。

「ウルクちゃん? なんだ、ウルクちゃんに会いたいのか?」

そう言ってヨシオさんはブーメランパンツの中に右手を突っ込み、もぞっと通信機を取り出す。
無論、武器変更と同じシステムを利用したトリックに過ぎない。芝居がかった調子で通信機越しにウルクと会話を始める。

「ウルクちゃんいるー? うちのチムメンが会いたがっててなー。え、どこ? いま赤部屋ー」

会話の内容からして、これもトリックだろう。きっと本当はWISで連絡を取っているのだ。
そうに違いない。こんなに簡単に実質的最高権力者と連絡が取れるはずがない。
けれど、僕の知るウルクは、今の流れでホイホイとやってきそうな女性だった。

「5分くらいしたら来るってさー」

「え、マジ?」「ウルクちゃんってどんな人?」「六芒均衡よりも権力上なんだっけ?」「すっごいかわいくていい子ですよ!」「おっぱい!」「!! おっぱい!」「巨乳はちょっと……」

どよどよ、と赤部屋がにわかに騒がしくなる。
この隙に、僕は隣に座っているオタさんに話しかけた。

「そういえば、議題の方はどうなってた?」

「リブートのこと? クーナライブはやりたいって方針になってる。だから、クーナに指示できそうなウルクちゃん待ちなのだ」

「アークスとは何かっていうのは?」

「すんげえ抽象的すぎて皆困ってるとこだな!」

なるほど。とりあえずクーナと会えるようにするところから始めるわけだ。
先の予定はアイドルだから詰まっているかもしれない。それに、彼女から見たアークス像も聞いてみたいところだ。


「おまたせ!」

プシュッという音と共に赤部屋の扉が開く。
そこに茶色い髪をおさげにまとめた女性がいた。大きく胸元を開いた作業着を着こなし、活発なイメージを纏っている。
やってくるまでの時間が短いのは当然である。この船にはテレポーターが縦横無尽に配置されているのだ。移動するだけならロスはほぼ発生しない。
むしろ、5分は結構時間がかかっているくらいだ。

「まじで巨乳だ!」「いや、マリエルンのほうがおっきくないか?」「乳に貴賤なし!」

「え、ええっ!?」

ウルクは胸を両手でかばいながら後ずさる。無理もない。ほとんど女性のはずの(仮)メンバーから胸を中心に視姦されているのだ。
彼女は不用心にも一人で来たらしい。テオドールがいない。それが彼女の不安を加速させているのかもしれない。

「おいおい、皆、あまり見つめてるんじゃないよ。彼女怯えているじゃないか」

ぴさんが皆を宥める。なお、彼女の眼部はモノアイで覆われており、どこを見たとしても悟られることはないだろう。

「ああ、ちょっとびっくりしただけだから大丈夫! あたしに用があるって聞いたけど、何かな?」

「わざわざ来てくれたのに、小間使いみたいなことさせるみたいで申し訳ないんだが、クーナのアポイントメントって取れないか?
 プロジェクト・リブートを行うときに彼女のライブを使いたいんだ」

髪を櫛で撫で付けた後、メルさんが白い歯を見せながら言う。
しかし、ウルクは困ったように自分の顎に人差し指をつけて考え込んだ。

「うーん。まず訂正しておきたいんだけど(仮)さんにはそこまで頼んだわけじゃなかったの。アークスって何? の部分だけ調べてもらおうかなーって思ってたんだけどね」

「あれっ? まじ?」

どうやら、伝言ゲーム式に依頼内容がどこかで捻じれていたようだ。メルさんを中心に、皆で顔を見合わせる。

「けど! (仮)さんがそんな役割を自ら引き受けてくれるだなんて助かるなぁー、というわけでそれもお願いね! あ……、でもクーナちゃんに関してはちょっと難しいかも?」

ウルクは僕ら一人一人の目を見るようにして頼み込んだ。
彼女のそうしたさり気ないカリスマ性もさることながら、僕らの不手際で藪蛇に噛まれたのだからそれは受けて立つしかあるまい。
しかし、何故クーナを扱えないのだろう?

「彼女に何かあったのかしら? 良ければ理由を聞かせて欲しいのだけど」

マリさんが挙手をして全員の疑問を代弁する。

「一種のスランプっていうのかな。気力が落ちちゃってるみたい。理由はちょっと分からないんだ」

クーナがスランプ? 初耳だ。

「会わせることならできるから会ってみる? でもいっぺんに押しかけないでね。2、3人に絞って行ってくれると助かるよ」

「じゃあ、あたしいく!」「あっ! 私も!」「俺だって!」

流石にオフの現役アイドルに会えるとあってか、一斉に立候補者が埋まっていく。
そんな中で僕はホッとしていた。どうやらしばらくはクーナと会わずに済むらしい。



「じゃあ、行ってくるぜー!」

「待っててねクーナちゃん!」

結局、クーナに会いに行くことになったのはチャコさん、メルさん、ベルさんの3人になった。
選出方法は厳正なるじゃんけんだ。

いいんちょうを初めとした他立候補者は虚ろな瞳で体育座りをしている。
(仮)の集会に解散はない。集会おつかれさまーみたいな儀式は存在しないのだ。
つまり、このように自然とバラバラになることが多い。

「じゃあ、あたしはこれで!」

ウルクは、チャコさんたちにいくつかのデータを渡した後、そのまま走るように別れた。
最初は気付かなかったが、もしかしたら相当忙しいのだろう。
組織改革中の指導者なのだからそうでなければおかしいのだが、彼女はそれをおくびにも出さなかった。
驚嘆すべき体力と精神力と言える。

客人がいなくなり弛緩した空気が一層強くなる。

「あ、ごろーちゃん。あれ皆に渡さなくていいんですか? イベントクロニクルでしたっけ」

枯葉さんの忠告でやらなければいけないことを思いだした。彼女はありがたいことに他人の色々なことに気付いてくれる。

「あっ! そういえばそうだった」

イベントクロニクルのデータはこの四日間で出会った人には折を見て渡してきた。枯葉さんやオタさん、エミナさんなどである。
だが、たまたま会う機会がなかった人には渡していない。

「えーと、皆。こないだのモノリスのデータをまとめたファイルを作ったので、渡します。イベントクロニクルといって、マイルームのコンソールにでもぶち込んどいてくれればいつでも見れるから」

渡す、といっても手渡しではない。相手にアクセスして、データファイルを送信するだけだ。
もちろん、圧縮されているのでその場で記憶が展開されるようなこともない。
死んだように魂が解脱している方々には悪いが、強制的に送信させてもらう。


 

 

 

 

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